あなたが側にいるのなら


「それで、養子の件はどうする?」

 長椅子に寝そべった俺を覗き込むようにして、デュラクルが訊ねてきた。

「……受けようと思う。でも、もう少し考える時間がほしい、かな」

 昨日まで平民として生きてきた俺が、王位継承権はないにしろ、一国の王の養子となるのだ。夢のなかの出来事だと言われたほうが、まだ現実味があるだろう。俺を置いて、周囲がどんどん加速していく、そんな恐ろしさがあった。

 考える時間、というよりは、覚悟する時間と言ったほうが正しいかもしれない。

「嫌なら嫌と言えばいい。そして、俺と二人で誰も来られない場所で暮らそう」

 それが選べたら、とても楽だっただろう。デュラクルと二人きり。命が尽きるまで、ずっと穏やかに時をすごしていく。誰にも心を煩わされることもなく――ああ、なんて贅沢な。

 もしも、デュラクルと出会った頃の、もっとも心が弱っていた時期だったら、一も二もなく頷いていたに違いない。

「それに、養子になれば煩わしさは減るが、同時に面倒事も増えるぞ」

「どんな?」

「行事の参加。いまは未成年だからいいが、成人すれば必ず駆りだされる。国王の代理として、同盟国に行くこともありえるだろうな。なにせ、俺がいるかぎり暗殺の危険はない。本人の権力志向が薄いことも、さっきの会話で気づかれてるだろう。これほど頼りになって動かしやすい駒もない」

「こ、国王代理……」

「それに、あれはお前を気に入ったみたいだからな」

「デュラクルと二人で暮らしたくなってきた……」

 将来のことを考えると不安しかないが、とりあえず今は一旦、棚上げしておこう。こう言うことは、考えれば考えるほど出口がわからなくなってくるものなのだ。

「じゃあ、そろそろ寮に戻って――」

「その必要はない。離宮に住む許可をもらったんだ、今日からここで暮らせばいい。あの部屋は狭いうえに日陰にもなっているから、お前の体によくないと思っていたんだ」

 寮はどの部屋もおなじ造りではあるが、日当たりのよい場所などは貴族や裕福な商人の子供たちが優先される。過去には、王族の子弟が隣室の壁を取り払って、二部屋を所有していたなんてこともあったらしい。

 孤児院では大部屋でみんなと寝起きしていたこともあって、個室なんて贅沢だと思っていたくらいだったんだけど……。

「でも、大丈夫なの? 学生は身分にかかわらず、全員が寮暮らしだって聞いたけど」

「理由があれば別だ。例えば、高位精霊と契約したため他の精霊が萎縮してしまうので、寮をでたいと思います、とかな。実際、あの男が学生時代に兄貴と契約してからは、王宮から学園に通っていたぞ。学生と契約した下位の精霊たちから嘆願書が提出されたらしい」

「嘆願書?」

「気を抜くと精霊王のオーラにあてられて、消滅してしまいそうです、ってな」

 デュラクルの大きな手が優しく俺の頬を撫でた。自分の国の王様が、すぐそばで生活しているようなものなのだ。そりゃ、息も詰まるだろうし、生きた心地もしないだろう。

「それなら、いいのかな?」

 俺にとって、寮でも離宮でも、デュラクルさえ側にいてくれるのなら、さほど変わりはない。

「離宮のほうが便利だぞ。食事は用意してくれるし、風呂だって好きな時に入れる。それに専属の医師が待機しているから、いつ具合が悪くなってもすぐに対処できる。いいことずくめだ」

「……よく考えたら、めちゃくちゃお金がかかるよね。俺、払える気がしないんだけど」

「そこは気にしなくていい。あの男にとっては、お前を手元に置くための必要経費だ」

 養子になるのであれば問題はないんだろうけれど、離宮で暮らしたあとでその話を断るとなると、なんだか申し訳なさが募りそうだ。

「しばらくは離宮で療養だ。お前の体も医師に診せておきたいしな」

「療養って……もう痛みもないから大丈夫なのに?」

 デュラクルが持ってきてくれた薬のおかげで、すでに怪我は治っている。わざわざ医師に診てもらう必要もないだろうと思うのだが、デュラクルは不機嫌そうな表情で首を横に振った。

「あれは表面的な傷は治せるが、骨や内臓が傷ついていた場合はちゃんとした治療が必要になる。念のためだ」

 心配性だなと思う反面、大事にされていることに安堵感を覚える。

 デュラクルが自分を裏切って離れていくようなことはないとわかっている。わかっているが、それでも思いだしたように言いようのない不安が喉元をせりあがってくるのだ。

「ふぁ……」

 色々な情報を一度に詰め込まれたせいで、少し疲れてしまったようだ。小さく欠伸を零せば、デュラクルが頬から頭へと手のひらを移動させた。その優しい手つきが、さらに眠気を増長させる。

「運んでやるから、寝ろ」

「ん……でも」

 さすがに離宮で働いている人たちに挨拶をしておかないと、と思ったところで、徐々に意識が霞んでいく。そして、緊張の糸が切れるように、俺の意識はあっさりと夢のなかに落ちていった。
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