憂いの国王・1


「どうなると思う?」

「精霊と契約できないと判断された子は……」

 ぐるぐると嫌な予感が脳裏を巡る。たとえ精霊と契約できなくても、フォルシェル国王が存命中ならリアス王子の立場は揺るがないだろう。

 でも、フォルシェル国王が死んでしまったら――王位継承権を持っている者は他にもいる。その中には精霊の契約者もいたはずだ。リアス王子が国王として立つことに異を唱え、精霊と契約している自分こそが国王に相応しいと声をあげる。

 臣下たちも同様だ。精霊の契約者が国王となった際の恩恵に慣れすぎてしまった。フォルシェル国王がいる限り、他国はこの国に手出しできない。

 先の大災害により国内が荒れてしまったあと、他国の動向に注視することなく国内の復興だけに目を向けていられたのも、精霊王と契約したフォルシェル国王の存在があったから。

 心地よいぬるま湯に浸かりきった者たちにしてみれば、それがいきなり冷水に変わるようなものである。

 リアス王子は間違いなく、玉座から降ろされる。

 フォルシェル国王の治世があまりにも平和だったせいで、それが崩れることを恐れた者たちは、少しでもよりよい条件を持つ人物を国王にと望むだろう。

 幽閉されるだけなら、まだ幸せかもしれない。後顧の憂いを断つために、殺されてしまう可能性だってあった。

 考えれば考えるほど、リアス王子の未来は凄惨なものになる。

「あの子のことはもちろん心配だ。でも、私がもっとも危惧するのは、“王族であっても精霊の契約者でなければ王になれない”という間違った決まりごとがてきてしまうことだ。それは精霊信仰を強めることになりかねない」

 精霊信仰。人は平等ではなく精霊に選ばれし者こそが至上である、という考え方だ。レガート公国がその最たる国で、上層部は精霊の契約者で占められているといっても過言ではない。

 最下層の者たちは奴隷のように扱われ、毎年幾人もの亡命者が国境を接する国々に逃げ込んでくる。

「“王族であっても精霊の契約者でなければ王になれない”ということは、言葉を換えれば“精霊の契約者であれば、王位継承権が低くても王になれる”とも解釈できる。少しでも野心があれば、王位を望むだろうね。内が荒れれば、国が荒れる。国が荒れれば、他国につけいる隙を見せることになる。内乱で疲弊したところを狙われれば、抵抗のしようがない。小賢しいレガート公国は、ここぞとばかりに領土の拡大に乗り出すだろうね」

 ありえない、と頭ごなしに否定はできなかった。そんな簡単に国の均衡が崩れるものなのか、という疑問はある。

 しかし歴史を見れば、さほど珍しいものでもない。平和というものは、薄氷の上に成り立っているものなのだから。

「だから臣下に、民に、知らしめる必要がある。国王の資質さえ備わっていれば、精霊の契約者でなくとも国は富むのだと。そのために、私はあの子が成人した際に王位を譲ろうと思っている」

 そんなことを俺なんかが聞いてしまってもいいのだろうか、と唖然とした。国家機密だよね、と思わず心中で呟く。そんな俺の内心など知らず、フォルシェル国王は淡々と話しを続ける。

「私が存命であれば、異議がある者も表立って動くことはできないだろう。その間に、あの子が国王としての地盤を固める。親としての贔屓目でなく、あの子はとても有能だ。なにより、人を惹きつけるカリスマがある。歴代国王の中でも、一、二位を争うほどの名君になり得るだろう。時間さえあれば、あの子の築く地盤は強固なものになる。そして、国民は気付くだろう。王位を継ぐ条件に、精霊との契約が必要ではないのだと」

 フォルシェル国王の言葉を聞いて、気付いた。リアス王子が国王となって国民から認められれば、精霊信仰を抑えることにも繋がる。

 精霊と契約できないことを批難すれば、それはすなわち自国の国王を貶めることにも繋がるからだ。

 しかし皮肉なものだ。精霊信仰をもっとも危ぶむフォルシェル国王自身が、まさか精霊王と契約してしまうなんて。

「――質問があります。どうして、俺を養子に望んだんですか?」

 デュラクルと契約した俺を手元に置きたいということはわかった。しかしその他にも、別の理由があるはずだ。そうでなければ、このような国家機密にも等しい話を俺にするわけがない。

「君はもしもの時の保険だ」

「保険、ですか?」

「私になにかあった際に、君がいてくれればよからぬことを企む者たちの抑止力にもなる」

「フォルシェル国王になにかあるとは思えませんけど……」

「さすがに私も寿命には勝てないよ。精霊王といえど、人間の生死に干渉はできないからね。それに私が危惧するのは、リアスに王位を譲ったあとだ。引退したとはいえ、私には政治的価値がある。十中八九、外交官のような真似をさせられて、他国を巡る羽目になるだろう。この国のためになるのであれば、私も否とはいえないしね。その間、リアスに対しよからぬことを企む者がいるかもしれない。そのための、保険が君だ」

 なるほど、と俺は思わず頷いてしまった。愚かな人間は必ずいるものだ。

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