小さな王子・2


「リアス。あまり彼を困らせてはいけないよ」

 父親と俺を交互に見て、リアス王子は小さく「はい」と頷いた。

「そろそろ家庭教師の先生がお見えになる頃ではないかな?」

「……はい」

 目に見えてしょんぼりしたリアス王子は、侍従に付き添われながら未練たっぷりの表情を浮かべ、部屋を退室した。

 今日はあくまでも顔合わせ的ものなので、それほど時間を取ってはいなかったらしい。子供なのに分刻みで予定が組まれているとか。王族ってすごい。

「あの子には兄弟がいないからね。甘えられる存在を、無意識に求めているのかな」

 甘えられる存在。両親がいるのだから、そちらに甘えればいいのだろうとは思うが、彼が置かれた立場はあまりにも特殊だ。
 
 国王として君臨する父親に、それを支える王妃。彼らは自分の父と母であると同時に、この国でもっとも尊ばれる存在なのである。

 そう簡単に甘えられないよな、と俺はリアス王子に心から同情した。

「君から見て、リアスはどうだい?」

「どう、と言われても……利発そうな子供だと思います」

 孤児院で育ったからよくわかるが、あの年頃の子供はもっとわがままだ。まずじっとしてなんかいない。

 隙あれば孤児院から脱走しようとするし、遊んで遊んでと、自分の主張をこちらに押しつけてくる。畑仕事中だって言ってんだろうが、と何度、彼らの頭に拳をくれてやったことか。

 なにより、リアス王子は王族、貴族によく見られる傲慢さがない。父親の前ということを差し引いても、己の地位を誇るような言動は一切なかった。

 学園で、貴族というだけで威張り散らしている奴を見てきた手前、どれだけ猫を被ったとしてもそういう性根は自然と滲み出てきてしまうものだ。

「よい国王になれると思うかい?」

「はい」

 初対面ではあるが、あのまま堅実に育っていけば、慈悲深くよい王になるのではないか――そんな風に思えるほど、将来が楽しみな子だった。

「たとえば、あの子が精霊と契約できなくても?」

 唐突な言葉に、俺は反応を返せなかった。

 質問の意図がわからず、思わず眉を寄せる。確かに、必ずしも精霊と契約できるとは限らないが――。

「あの子は精霊と契約ができない」

「……なぜ、断言できるんですか?」

「闇の精霊王がそう言ったからだ」

 告げられた言葉に愕然とした。なぜ、と乾いた声が自分の唇から漏れる。デュラクルを見上げれば、肯定するように頷かれてしまった。でも、それって……告げられた話の、あまりの重大性に頭が追いついていかない。

「精霊王しか知らない秘密だよ。今まで誰も精霊王と契約した者はいなかったから、誰もわからなかった。精霊王は未来を見通す。だから、その子が歩む未来もわかってしまうんだ」

「……未来を」

「とはいえ、精霊王だってすべての人間の未来を覗き見なんてしないよ。必要ないからね。それを知った私が、あの子が精霊と契約できるかどうか、それだけ確認してほしいとお願いしたんだ。彼はなんの疑問もなく答えてくれたよ。“精霊と契約はできない”と、ね」

「どうして、そんなことを聞いたんですか?」

「私のせいかな」

 答えの意味がわからず、首を捻る。

「私が精霊王と契約してしまった。そのせいで、過度の期待があの子の肩にのし掛かっている。私の血を引く子なのだから、高位精霊と契約するのが当然だ、とね。だから私は、もしもの場合を危惧した。もしも精霊と契約できなかったら――」

 俺は知らず、唇を噛み締めた。

 それは俺が痛いほどよく知っている。

 高位精霊と契約した者の隣にいるだけで、周囲の者たちからどんな目で見られるか。期待されていたぶんだけ、契約できなかったとわかった時の失望は大きいだろう。

 そして、失望によって生じた怒りの矛先はリアス王子に向けられる。彼はなにも悪くはないのに。

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