契約のしがらみ・3


 精霊と契約した者が、養子にと望まれることは珍しくない。悲しいことに、神聖なものとして尊ばれてきた契約は、時を経た今、ステータスとして捉えられるようになってしまった。

 王侯貴族は箔がつくからと精霊との契約を為した子供を養子に望む。特に高位の精霊と契約した者は引っ張りだこだ。

 きっとライナにも――彼の両親は健在だが――、養子の話は舞い込んでいただろう。そして、それは俺も例外ではなかったということだ。

 むしろデュラクルは闇の精霊王の弟である。引っ張りだこ、なんて次元の話ではないのかもしれない。

 俺は困惑しつつも、目の前の男性を見た。それに気付いた美人さんは、デュラクルとの会話を切って、にっこりと微笑む。

「落ち着いた?」

「……はい」

 のどがカラカラだ。だって、気付いてしまったんだ。俺を養子に、と言った美人さんの正体に。

 直接、会ったことはない。遠目から見たことも。ただ、巷に溢れている肖像画を見たことがあるだけで。

 その肖像画すべてが、己の想像力を最大限に高めてキャンバスに向かったのではないかというほど、美しい人が描かれていた。

 美化しすぎだろ、と当時は思ったものだが、彼らは嘘などついていなかった。正直、肖像画よりも本物の方が何倍も美しい。

「でも、俺なんかが、国王陛下の養子になっていいとは思えません」

 フォルシェル国王、ノクタール・エル・フォルシェル。闇の精霊王と契約した、奇跡の人。彼は少しだけ目を見開いて、それからゆっくりと口を開いた。

「もちろん、君だけならばなんの価値もない。価値があるのは、“精霊王の弟と契約した”君だ」

 価値がない。そう言われて、俺は傷つくのでもなく、憤るのでもなく、ただ――安堵した。それに気付いたのだろう、フォルシェル国王は不思議そうに首を傾げる。

「けっこう酷いことを言っている自覚はあるけど、君は嬉しそうだね」

「はい。俺に価値がないことは、俺が一番よく知っています」

 これは意外と重要なことだ。デュラクルと契約したからと言って、俺自身に変化があったわけではない。

 以前の俺となにも変わらない。けれど、ライナを取り巻く者たちは、ライナ自身が聖人君主でもあるかのように扱った。

 以前となにも変わらないライナを、まるで至上のもののように崇めていた。ライナを平民の子と馬鹿にしていた奴らでさえも。

 俺はそれが恐ろしかった。人とは、ここまで掌を返せるものなのか、と。だから、フォルシェル国王の言葉はある意味、俺に安堵感をもたらした。この人は裏表がない。俺が元々無価値だと知っている。

 嫌だと一言いえば、デュラクルは何者からも守ってくれるだろう。けれど、ずっとそのままでいれるはずがない。いていいはずがない。きっと俺の良心や自尊心が音をあげるに決まってる。

 どうしても後ろ盾が必要であるのなら、俺の事情を理解してくれている人の手を取った方がいい。なにより、フォルシェル国王はデュラクルの兄と契約している人だ。きっと悪い人ではない、はず。

「……なるほど。君は、恐ろしいほどに自己評価が低いようだ」

「?」

「普通ならば、精霊王の弟と契約できたこと自体を誇りそうなものだけれど……まあ、だから弟殿に気に入られたのかもしれないね」

 呆れたように苦笑したあと、なぜかフォルシェル国王は含むような台詞を口にした。

「思った以上の収穫だ。レガート公国のように、精霊信仰に傾倒していたらどうしようかと思っていたけれど、これならば問題はないね。自己評価の低さについては、おいおい改善していこう」

「くっくっく。だから可愛いんじゃねぇか」

 デュラクルの手が、愛おしげに俺の頬を撫でる。

「弟殿が囲っておきたいという気持ちは、理解したよ。さて、君の返事を聞く前に、少しばかりこちらの事情を話しておこう。なにも知らせずに養子縁組を結んだあとでは、公平ではないからね」

「……それは、俺に断る権利があるということですか?」

 意外だった。国王という地位を利用して、命令できるのに。デュラクルの存在も、彼の兄――闇の精霊王との契約の前には、大した障害でもないだろう。

 不思議そうに訊ねる俺に、フォルシェル国王はどこか寂しそうな表情を浮かべ、「権利はあるよ。誰にでもね」と答えた。

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