契約のしがらみ・2
学園に集まって来る、古今東西の美形を見慣れていたつもりだったけど、目の前に優雅に佇む男性はそれらの者たちを軽く凌駕していた。
神々しい、という表現がこれほどまで見事にぴったりな人間を見たのははじめてである。
短く切り揃えられた艶のある黒髪に、新緑を思わせる緑色の瞳。陶器人形のように滑らかな肌はわずかなくすみさえもなく、歴史に燦然と名を残す著名な彫刻家が膝を屈してしまいそうなほどの完璧な容貌だった。
着用しているのは、貴族が登城する際に着用する儀礼服だった。黒のズボンに、金糸の刺繍が入った臙脂色のベスト。その下には、絹のブラウス。
本来ならばその上から裾の長い上着を着用しなければならないのだが、自室なのか寛いだ格好となっている。
年齢は三十代半ばくらいだろうか。二十代でも通用する若々しさだが、全身から滲み出る貫禄はその年代では出せないだろう。
「ずいぶんと早かったね」
「すぐに来いって言ったのは、お前だろうが」
デュラクルの気安い態度に、俺は驚いた。それから、じわりと相手の男性に対する嫉妬が滲み出る。
むろん、デュラクルが俺を捨てるはずないとはわかっているのだが、それとこれとは話が別だ。俺だけ見ていればいいのにって、さっきのデュラクルと同じようなことを思ってしまう。
魔力に感情が乗ったことで気付かれたのか、デュラクルが捕食者のような笑みを浮かべ目を細める。なんか嬉しいみたいだ。
「……これはこれは。報告を受けてはいたけど、そうとう溺愛しているみたいだね」
「当たり前だ。じゃなきゃ、契約なんかしねぇよ」
ぶっきらぼうに告げ、デュラクルはテーブルを挟んだ対面のソファーに腰を下ろす。膝の上に載せられたが、人前なので拒否して隣に座った。
不満げな顔をされでも、駄目なものは駄目だから。それを面白そうに見やって超絶美人さんが口を開く。
「私も君が人の子と契約したと聞いた時には耳を疑ったが、とりあえずおめでとうと言っておこうか」
「そんなことはどうでもいい。さっさと用件を言え」
「うん。レイン・ユリアーナ。君を私の養子に迎えたい」
あまりの唐突な申し出に、俺はすぐ反応できなかった。養子って、どっからそんな話が出たんだ。
「君は孤児だと聞いている。一応、成人するまでは孤児院の院長が後見人になっているが、それはあくまでも形だけのもの。私との養子縁組するに、なんら問題はない。家名が変わる程度だね」
「ですが、そんないきなり……」
「すでに各国が君を狙って動き出していると言っても?」
え、と俺は呟いた。養子に、と言われた時以上に、頭が混乱する。デュラクルを見上げれば、苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいた。
「それだけのことなんだよ、精霊王の弟と契約するということは」
「どの国が動こうと、俺がこいつを守ればいいだけの話だ」
「君にはそれだけの力があるし、簡単にやってのけるだろうけど、国が混乱するのは私としても困るんだ。臣下たちもうるさいだろうしねぇ」
「はっ。てめえに文句を言える人間がいるとは思えんな」
「有識者ぶった自称善人が多くて困るよね。大人しく媚びへつらっていれば可愛いものを」
美人さんは顔に似合わず毒舌家のようだ。憂いを帯びた眼差しで、深く溜息をつく。俺はというと、未だに「養子に」、と言う言葉が脳裏をぐるぐると回っていた。
俺は孤児だ。両親は俺が二歳の頃、精霊界の影響で起きた自然災害で亡くなっている。それからはずっと孤児院で暮らしてきた。
院長先生は優しい人だったけれど、国からの補助はギリギリでいつも忙しく走り回っている姿しか記憶にない。
誰もが生きるために必死だった。子供でも。自分のできることはなんでもやったし、灯りがもったいないからと早々に寝床に押し込められてから朝日が昇ると同時に起床するまでが、唯一の休息だった。
あの環境で、学園に入れたのは魔力が平均より少し多かったからだ。とはいえ、高魔力保持者たちとは天と地ほどの差がある。なんとか学費が掛からない特待生枠にしがみついていられるかどうか、という程度だった。
学園に入学できない者たちは、たいていは働きに出る。精霊の儀式は教会でも行っているため、彼らは一縷の希望を胸に都市部の大きな教会に向かうのだ。
精霊との契約。それが貧しい暮らしを打破できる、最短の道だから。
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