契約のしがらみ・1


 デュラクルによって隔離された、静かで優しい世界。

 悪意に囲まれた今までの生活が嘘のようだ。

 学園はきちんと卒業したいので、授業は受けたい。そう言えば、デュラクルは講師の声と黒板の板書を視覚と聴覚に届けてくれる。

『お前を害そうとした奴らは、すべて無くしてしまいたいんだがな』と、デュラクルは言う。俺は本当に欲しかったものが手に入ったので、復讐は望まなかった。自分でも驚くくらい、本当にどうでもよくなってしまったんだ。

 ただ、いつまでもこの穏やかな世界に浸っていられないことは理解している。

 デュラクルは闇の精霊王の弟だ。人と契約することが奇跡にも近い、そんな存在。学園は――いや、国は絶対に俺とデュラクルを放っておいてはくれないだろう。下手に暴走されたら、国家の存続危機だ。

 すでに学園から国に連絡が行ってるだろうし、遠からず向き合わなければならない問題でもある。わかってる。

 でも、もう少しだけ。もう少しだけ、この優しい世界で微睡んでいたい。疲れたのだ。俺は自分でも気付かないくらい、疲れていた。体ではなく、心が。

 あのまま、目の前の湖に身を投げてしまったとしても、なんら不思議はない。そんな状況だった。

 なんの変哲もなく平穏な生活が、ある日を境にがらりと変わってしまったんだ。向けられる視線の大半が悪意に満ちていて。耐えられなかった。でも、以前と変わらずに接してくるライナを突き放すことはできなくて。

 もう少しだけ休んだら、ちゃんと前を向くから。

「レイン」

 自室で頭を撫でられながら、名を呼ばれる。うとうとしていた俺は、眠気を我慢しながらデュラクルを見上げた。すると、肩に黒い光を放つ蝶がとまっていた。普通の蝶ではない。精霊の力で作られたものだ。

「それ、なに?」

「伝令代わりに使ってるものだ。ちっ、もうあっちに報せが届いたか」

 忌々しげに呟くデュラクルに、俺は首を傾げた。意味がわからない。

「出掛けるぞ」

「え、俺も?」

「ああ。今後のことで、面倒だが一度は顔を会わせなきゃならん相手だ」

 お前のこと、誰にも見せたくねぇんだがな、とデュラクルは耳元で囁く。それはちょっと難しいんじゃないかな。すでに部下さん二人には、俺のこと見られてるわけだし。

「誰?」

「会えばわかる」

 デュラクルは答える気はないらしい。まあ、会えばわかるというならそれでいいか。出掛けるということなので、まずは学園に外出届けを出して……服装は制服のままでいいのかな?

 今日中に帰って来られない場合を考えるなら、荷造りもしなきゃだし、と俺が頭を巡らせている時だった。

「捕まってろよ」

 そう言うなり、深い闇が辺りを包み、「え?」という俺の呟きはそのまま闇に呑まれてしまった。とっさにデュラクルの腰にしがみついて、唐突に襲ってきた浮遊感に瞼を閉じて耐える。うえっ、ちょっと気持ち悪い。

「もういいぞ」

 頭を撫でる手の感触と、足が地につく感覚。安堵して目を開ければ、そこには豪奢な椅子に座って足を組む、眩いばかりの美形さんがいらっしゃいました。

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