精霊の囁き・2


「親友なんですよ。それは、今も昔も変わらない。ただ、周りがそれを許してくれないんです。俺があいつに相応しくないって。それを決めるのは、あいつなのに」

「そうか」

「でも、一番辛いのは、俺が苦しんでることに、あいつが気付いてくれないことです」

 もっとわかり合えていると思っていた。大事だったのは、自分だけだったのだろうか。それに、親友の周りに集まった者たちは、生徒たちに一目置かれる存在だった。光の精霊を持つ親友に相応しい。

 ストッパーだなんて勝手に思ってたけど、俺はもう必要ないんじゃないかなって。そう思うと、心が壊れそうなくらい軋んだ。居場所がなくなってしまったように思えてしかたなかった。

 だからといって、辛さや苦しみの感情を親友にぶちまけることもできない。ただの八つ当たりだとわかっているから。親友は光の精霊を得てもなお、奢ることなく俺を友達として接してくれる。

 ぐるぐると悩んで、悩んで。それで俺は疲れてしまった。もう、どうでもいいって、思ってしまった。醒めてしまったのだ。親友の隣に固執することに。

 相手を思う分だけ気持ちを返して欲しいとは言わない。ただ、一言でいい。報われるような言葉が欲しかった。

「そうか」

「っていうか、さっきから同じ台詞しか言ってませんよね。愚痴を聞いて貰ってるので、文句は言えませんけど。ところで今更なんですが、あなたはどちら様でしょうか?」

 視線の先には、厳ついおっさんがいた。いや、言葉を端折りすぎたな。年齢は三十代後半くらいだろうか。

 短く刈り上げた黒髪をオールバックにして、黒い騎士服のようなものを身に纏っている。黒いマントが、精悍な顔立ちに嫌味なくらい似合っていた。

 よく見ると、けっこうな美形様だ。目力が半端ない。道端であったら、意味もなく土下座しちゃいそう。

 俺が湖畔に座っていると、おっさんはどこからともなく現れた。すぐ傍に座るもんだから、やけくそ気味に愚痴を零してしまったが……よく考えると恥ずかしいな、おい。

「なんだ、知らずに喋ってのか」

「ええと、もしかして、とっても有名な人だったりします?」

「ある意味な」

「あー、一方的に愚痴ってしまってすみません。俺はもう行くので、ごゆっく――」

 最後まで言えなかった。立ち上がろうとしたところで腕を取られ、おっさんの上に倒れ込む。

 驚いて顔を上げれば、至近距離で目が合った。黒い。闇を凝縮したような瞳。え、あれ、もしかして、この人、人間じゃ、ない?

「極上の獲物を逃がすかよ」

「精霊?でも……」

 精霊は魔力に溢れているが、単独では地上で姿を構築できない。子供でも知っていることだ。例外があるとすれば――

「俺を自力じゃ人間界に降りられない下位の精霊と一緒にするな。しかし、運がいい。兄貴に命じられて渋々降りたが、こんな極上の魂に出会えるなんてな。根底まで歪み、壊れ掛かってるくせに、恐ろしいくらいに澄んでる」

「そんな大層なものだとは思えませんが」

「見えないのは気の毒だな。こんなにも美しいのに」

「だって、精霊は誰も降りて来なかった」

「普通の状態だったらな。壊れかけて初めて、美しさが際立つ。今だったら、下位の奴らにも群がられてたと思うぜ。まあ、多重契約はできないから、指を咥えて見てるだけだろうがな」

 話があまりにも突拍子過ぎて理解できない。俺の魂が魅力的?本当に?でも、なぜか心は冷めたままだった。

「俺の手を取れよ。守ってやる。何者からも」

 甘美な誘惑。弱り切ったところに差し出された手を、拒める人間なんているのだろうか。

 居場所が欲しかった。誰かに必要とされたかった。でも、俺はわがままで。それ以上に、俺だけを見てくれる存在が欲しかった。

「俺のことを一番に見てくれますか」

「当然だ。お前が俺を想う以上に、お前に想いを返してやるよ」

「俺は面倒な性格ですよ」

「知ってる」

「わがままも言います」

「構わん」

「実は泣き虫です」

「泣くなら、俺の前だけにしろよ。泣き顔を見た奴を殺したくなる」

「ずっと、一緒にいてくれますか」

「ああ」

 いつの間にか、周囲は一面の闇に覆われていた。湖は見えない。小鳥の囀りも聞こえない。まったくの無音。でも、それが心地いい。目の前の精霊の声だけが響く。

「俺のものになれ」

「――はい」


 こうして俺は、闇の精霊と契約を果たした。

 そいつが闇の精霊王の弟だと知るのは、もう少しあとのこと。

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