精霊の囁き・1


「別に、あいつを嫉んでるわけじゃないんですよ」

「そうか」

「真っ直ぐな性格で、間違ってることには公然と立ち向かうし、弱い者は絶対に見捨てない。まさに正義の味方ってやつです」

「そうか」

「尊敬っていうのとは、ちょっと違いますかね。羨望?自分もああなりたかった、っていう。まあ、実際にああなったら大変だと思いますけどね」

「そうか」

 愚痴を零しながら、俺は目の前に広がる小さな湖を眺めた。時季は秋の終わりともあって、湖を囲む木々からは葉が落ちて寒々しい姿をさらしている。まるで俺の心のようだ、なんて。

 原因は、俺の親友にある。平凡で取り柄もない俺。親友も、つい一ヶ月前までは俺と同じ“普通”の括りに入っていた。

 そりゃ、向こう見ずな性格だったり、妙に正義感に溢れていたりしたけど、あくまでも“普通”の枠内に留まっていたんだ。俺はそいつのストッパーみたいな役割で、たまに呆れながらもその役割に満足していた。

 それが、精霊の儀式を経て、がらりと変わってしまった。

 精神世界とも言われている精霊界と人間界は、密接に繋がっている。精霊界は不安定な空間の中にあって、各精霊王たちが力を出し合って結界を張り、精霊たちが暮らしている場所を安定させている。

 しかし、どうしても小さな綻びは出てしまう。それを繕うのは、精霊王たちに仕える精霊たちの仕事だ。

 精霊は人と契約する。契約することで、力が得られるからだ。その代償として、精霊は人に力を貸す。人も人間界を守るために、進んで契約を望む。綻びが放置されたままだと、人間界にも影響が出るからだ。

 自然災害が起こる場合もあれば、邪悪な気配を纏った魔獣が大量に発生する場合もある。どちらにせよ、甚大な被害が出てしまうのだ。

 この国では、十六歳になる年、精霊界との境が繋がる日に合わせて精霊を召喚する。誰でも召喚できるわけじゃない。成功率も四十人に一人と少ない。

 召喚した精霊と契約すれば、魔力もあがるし肉体も強化される。いいことずくめだ。将来の就職先だって困らない。

 召喚の条件はたった一つだけ。好みの魂かどうか。魔力の量は関係ないと言われてるが、選ばれる者たちの大半は強力な魔力保持者だったりもする。

 特にこの学園が所属する、フォルシェル国の国王は凄いらしい。強力な魔力保持者であると同時に、世界でもはじめて精霊王と契約することに成功した。前代未聞の出来事だったらしい。

 契約の基準については様々な議論が取り交わされているが、精霊たち曰く『たまたま』なのだそうだ。だから、俺もちょっとだけ期待していたんだ。俺を選んでくれるんじゃないかって。

 でも、結果は空振り。精霊は現れなかった。選ばれたのは俺じゃなくて、親友だった。彼の元に現れたのは光の精霊。

 正義感に溢れるあいつにはぴったりの精霊だった。それに、位も高かったらしい。すでに召喚されていた精霊たちが、こぞって膝をついていた。

 それから、親友は変わってしまった。いや、変わったのは親友ではなく周囲だったのだろう。

 光の精霊は珍しい。今までは目もくれなかった学園の精霊持ちたちが、こぞって親友の周りに集まり出した。

 親友は単純に友達が増えたことを喜び、その眩しいくらい真っ直ぐな性格でみんなに好かれていった。そして、親友に脚光が当たれば当たるほど、いつも傍らにいる俺にも様々な視線が向けられるようになった。その大半が悪意の籠もったものだ。




 ――どうして、彼の傍にあんな凡人が。

 ――似合わない。精霊もいないんだろう?

 ――彼が汚れる。光の子なのに。

 ――あの子は優しいから、強く言えないんだよ。ほら、あいつは孤児だっていうじゃないか。

 ――汚らわしい。孤児のくせに。

 ――いなくなればいいのに。いなくなったって、誰も困らないんだからさ。




 陰湿な悪戯と暴力。クラスでも親友の手前みんな手は出してこないけど、俺はいてもいなくてもいいような存在として扱われている。初めは反発もしていたし、そんな理由で親友から離れるなんて馬鹿げていると思っていた。

 でも、徐々に考えは変わる。劣悪な環境に精神が蝕まれる。俺は強くなんてない。よくも悪くも普通の人間だった。親友の傍にいたいとは思うけど、このままだと親友を恨んでしまいそうで恐い。あいつはなにも悪くないのに。

 放課後、俺はなにかと用事をつけて一人になるようになった。この湖の畔は初めて来た。なんでも、曰くつきの湖らしい。おかげで、人っ子一人いない。俺にとっては、好都合な場所だ。

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