空飛ぶにゃんこ


「ゴルト、はやくはやく!このままじゃ、まにあわないって!」

 急かすように背中をたたけば、精一杯とばしてるよ!とばかりに抗議の鳴き声があがった。

 現在、俺は相棒の背に乗って、上空何千メートルがわからないけど、体が寒さでビリビリするような高度を、音速一歩手前のような速度で飛び続けている。

 今日、王都では新しい天獅子騎士団団長の就任式が行われる。

 まあ、その新しい団長っていうのが俺なんだけどね!

 七十歳という最年少で騎士団長になったこともあって、王都では俺の噂で持ちきりらしいよ。そんな俺が就任式に遅刻したなんてことになったら、父ちゃんをはじめ兄ちゃんたちや同僚、部下、その他大勢からなにを言われるか……考えただけでも身震いする。

 いや、本当はすでに王都に入って、就任式の予行練習をしてる予定だったんだよ。でも、出発する直前に大型の魔獣がでたという一報が砦に入っちゃってさ。近くに小さな集落があったため、俺の相棒・ゴルトに乗って単独で出撃したってわけ。

 ちなみに相棒のゴルトは、国王の専用騎獣である鳥型の魔獣さん(名前はメタル)の息子だ。なぜか俺にしか懐かなかったので、稽古の合間にせっせとお世話していたら、いつのまにか相棒というポジションに収まっていた。

 俺も飛べるけど、ゴルトの速さには敵わないからね。急いでいる時のゴルト様々である。

「いま何時だろ。マジでヤバイって……!」

 それになにより、俺はまだ心の準備ができていないのだ。騎士団長の就任式。そこには、王様になったクルスも出席する。

 じつはあれ以来、俺は王様になったクルスに会っていなかった。

 願掛けではないけれど、誰よりも強くならない限りクルスとは会わないと決めていたからだ。

 そして、先日。ようやく騎士団長である父ちゃんとの一騎打ちに勝利し、俺は天獅子騎士団長の座を手に入れた。

 最年少、と言われているけど、そこまでの道程は本当に大変だった。地獄――そう、まさに地獄である。クルスのために強くなるという目標がなければ、俺はそうそうに挫折していたに違いない。

 死にかけたのも一度や二度ではない。何度もギリギリの淵で生還し、はい、いま死んだー死にましたーと泣き叫んだことも数知れず。

 ちなみに魔獣の進行も一度、体験している。地平線を埋め尽くす魔獣の群れを見た瞬間、いままでの騎士団員さんたちを尊敬したね。大型魔獣なんて、それこそゴ○ラ並の大きさなんだよ。

 ほんと、たまに生きてることが信じられなくなることもあるし、未だに父ちゃんに勝てたのは夢じゃないのかと疑うこともあるくらいだ。

 なので、そっちの方面でも緊張マックス。ああほんと、どんな顔でクルスに会えばいいのだろうか……。会いたいという気持ちと、顔をあわせるのが怖いという相反する気持ちに頭がぐるぐるする。

 だって、クルスは俺のことを覚えていないのだ。他人を見るような目で見られたら、心が折れる気がする。いや、覚悟してたことだけどさ。いざ目前になったら、さすがの俺も怖じ気づいちゃうわけですよ。

「兄ちゃんたちも、もう着いてるだろうなぁ……」

 負のループに入りかけた思考を、とりあえず保留にして、気分を変えるために独り言をつぶやけば、氷点下の空気のせいで喉がビリビリと痛んだ。慌てて首に巻いたマフラーを口元までひきあげる。

 兄ちゃんと言えば、結果的に俺以外、誰一人として騎士団に入らなかった。

 長兄であるブラウ兄ちゃんは、未開拓の土地を探索する調査団に入った。魔獣の調査や、新しい居住地の候補の探索など、調査団の仕事は多岐にわたるらしい。魔獣が多く生息する地域にも足を踏み入れるため、腕っ節もさながら、自力で脱出することが可能な種族ではない限り入団は認められないという、なかなかハードな職業である。

 次兄であるフェル兄ちゃんは、長老であるじいちゃんの後継者として修行中だ。本当は次の長老は父ちゃんのお兄さんがなるはずだったんだけど、国王に選ばれてしまった。じいちゃんは新しい後継者があらわれるまで肉体と精神の崩壊を留めるために、水晶のなかに閉じこもったんだって。

 三男であるペレル兄ちゃんは、王都の図書館で働いていたんだけど……その頭脳を買われて、現在は宰相補佐として働いている。本人は、絶対に本に囲まれて暮らすんだと抵抗したんだけど、補佐になったら禁書も見られるよという誘惑に屈してしまったらしい。ペレル兄ちゃんらしいよね。

 俺は騎士団の砦勤務だから、成人してからは兄ちゃんたちとは滅多に会えなくなってしまった。それもあって、就任式には絶対に行くからとそれぞれに手紙をもらっていたのだが……。

 ちなみに、父ちゃんは俺に負けたと同時に、騎士団を辞めた。もともと新団長が決まったら、騎士団を去るつもりだったらしい。これからは、悠々自適な隠居生活を満喫するそうだ。

 団長と言えば、ほかの団長さんたちも健在だ。赤熊騎士団長のシュタルクさんは、怪我がもとで引退したんだけど、そのあとで王都の自警団に入ってまたそこでも団長を勤めている。白馬騎士団のシルトパットさんと、地猿騎士団のメテオールさんは未だに団長の座に君臨し続けている。

 兄ちゃんたちは、まだ婚約者のままだ。もう成人したのだからはやく結婚すればいいのに、たぶん兄ちゃんたちは、俺のことを――俺とクルスのことを気にしているのだろう。そのうち、とみんな言葉を濁してしまうのだ。

「あ、見えてきた。ゴルト、あと少しだから頑張れ!」

 遠くに王都の城壁が見える。リハーサルしている余裕はないだろう。着替えはゴルトの背中で。吹き飛ばされそうになりながらすませたので問題ない。髪が多少、ボサボサしてるけど、雲に突入したときにぐっしょりと濡れてしまったので、オールバックにしてしまえば大丈夫。

 あとちょっと、と思った瞬間だった。

 ゴルトが急に旋回したかと思うと、体を思いっきり震わせて俺を弾き飛ばしてしまったのだ。

 ここまで運んでやったんだからありがたいと思え、とばかりにこちらを一瞥し、さっさと砦の方角に飛び去ってしまう。

「嘘だろー!」

 普通の状態なら問題はなかった。俺だって飛べるし。でも、大型魔獣との戦いで、左足を負傷していたのである。

 無情にも、落下する俺。

 とりあえず、地面ギリギリで右足の羽を使って落下スピードを緩和すれば、たぶん着地できる、はず。ゴルトだって、それが可能と判断したから、俺を放り投げたのだろうし。

 着地地点は……式典の会場でもある闘技場だった。ヤバイ。もうみんな集まってる。観客もめっちゃいる。これは、ものすごく大胆な登場になってしまうが、背に腹は代えられない。地面が近くなったところで、俺は右足に力を込めて羽ばたいた。

 反動でふわりと体が浮きあがる。

 しかし、そのせいで落下地点に大幅な狂いが生じてしまったらしい。誰もいないところに着地するはずが、真下には驚きに目をみはる男性が一人。

 受け止めようと大きく広げられたその腕のなかに、俺は落下した。

「――空から俺の腕に落ちてきたんだ。これはもはや運命だろう。結婚するしかない」

 聞き覚えのある声と、台詞。

 そうだ。昔――ようやく物心がつきはじめた頃、同じように空から落ちたことがあったっけ。

 その時も、俺を助けてくれたのはクルスだった。

 涙で滲む視界のそのむこうに、ずっと会いたくて会いたくてしかたのない人がいた。

「俺も――」

 そのあとは言葉にならなかった。あの時はすがりつくしかできなかったその体を、両腕を広げてしっかりと抱きしめる。

 ねぇ、クルス――団長さん。俺、頑張ったんだよ。何度も何度も挫けそうになったけど、それでも守るって誓ったから。団長さんが、自分のすべてを犠牲にして、この国に生きるすべての人たちを守ろうと思ったように。

「婚約者殿。ぜひ、名前を教えてはいただけないだろうか?」

「早くない?」

 もう婚約者呼びなの?あの時は、まだ言葉がしゃべられなかったからスルーしたけど、いまはツッコめるからね。

 でも、そうだね。団長さんらしいね。だから俺はとびっきりの笑顔を浮かべて。

「俺はヴァイスリーリエ。これからよろしくね」




“――大丈夫。たとえ何度、記憶を失おうとも、その度に君を愛すると誓おう”


―END―


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