国王様が視た未来
見渡すかぎりの雲海。ときおり雲の切れ間からどこかの集落が見えるのだけれど、それはあっという間に彼方へと置き去りにされてしまう。
「景色を観賞する余裕がない……」
俺はいま、国王様が所有している鳥型の魔獣の背にいる。前回、俺を王城に連れ去った魔獣さんだ。脚でわしづかみじゃないから、けっこう進歩したと思わない?ちゃんと背中につけられた騎乗用の鞍にベルトで固定されているので、安定感は前回の比ではない。
そう、じいちゃんのとこに現れたのは魔獣さんだったのだ。その背中には見知らぬ男の人が乗っていて、「陛下からのお手紙です」と、一通の手紙を差しだした。そこにはとても簡潔な文字で、『後悔したくなかったら、彼に乗って王城においで。君の婚約者が待ってるよ』と書かれてあった。
どうやら魔獣さんは鼻がきくようで、俺の匂いを辿ってここにやってきたらしい。奥方様にバレると阻止されてしまいますので決断はお早く、という言葉に急かされて、俺は鞍によじ登った。こうなったらもう、行く以外の選択肢はないでしょ。
ちょうどその時に、飲み物を取りに行った使用人さんが戻ってきちゃったけど、男の人が妨害してくれたので俺は無事に邑をでることに成功したのである。
兄ちゃんたちは邑に残って、俺を連れ戻そうとするだろう母ちゃんの説得にあたってくれるらしい。手を振りながらそう叫んでいた兄ちゃんたちは、あっという間に豆粒みたいになって雲の彼方に消えてしまった。
前に父ちゃんから聞いた話なんだけど、この魔獣さんは、生まれた時から人の手で育てられているため、こっちを襲ったりはしないのだそうだ。
ただ、育てるのがとても難しくて、まだこの国には一匹しかいないらしい。もしも王城が魔獣に襲われた時、国王陛下をまっさきに逃がすための最後の手段なのだそうだ。
……それをこんなに簡単に貸しだししてもいいのかなぁ。
あとで問題にならなきゃいいけど、と考えていると、視界のまんなかに白い点のようなものが見えた。その白い点を囲むようにぐるりと城壁が巡らされている。胸を去来する既視感。あそこに団長さんがいるのかと思うと、心臓をわしづかみにされたような痛みに襲われる。
「……ダメだ。体に引きずられるな」
深く息を吸って、俺は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。精神は大人でも、器はまだ子供である。油断するとそっちに引きずられそうになるので、意識をしっかりもっておかなければならない。
王城が見えたらあとは瞬きするようなものだった。スピードを緩めた魔獣さんは、手慣れた様子で王城にある中庭に降り立った。
そこに待っていたのは国王様だった。近くに父ちゃんの姿はない。かわりに侍従さんらしき男性が一人、少し離れた場所で待機していた。
「やあ。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「国王様!」
「ああ、待っていなさい。いま降ろしてあげるから」
そう言って、国王様は鞍に固定されたベルトを外してくれた。地面に足をついた瞬間、ふらっと体が揺れる。たぶん半日も乗ってなかったように思うけど、超特急の空の旅は思っていた以上に負担になっていたらしい。くすくすと笑う国王様に抱っこされてしまった。
「付き人をつけたつもりだったんだけど。君のお母さんにでも見つかってしまったのかな?」
「うちの使用人に、です。足止めしてくれました」
「なるほど。だから君だけだったんだね」
そのまま俺を抱きあげた国王様は、建物のなかへと入って行く。ひんやりとした空気に俺は思わず身震いした。
「あの……どうして、俺に迎えをよこしてくれたんですか?」
「うん。普通に来たんじゃ、まにあわないからね」
「俺が来ることをわかっていたんですか?」
「知ってたよ。未来を視たからね」
未来の君はまにあわなかったんだよ、と言われ、俺は思わず息を詰めた。手を握りしめ、大丈夫、と心の中でつぶやく。それはあくまでも、国王様が視た未来であって、“いま”ではないのだから。
「君は真実を知っても悲しみに身を滅ぼすことはなかった。だから、彼に会っても大丈夫だと思ったんだよ」
国王様はじいちゃんとはまた違った意味で、俺が普通ではないということを知ったらしい。じっとその端正な横顔を見ていると、こっちを見た国王様が悲しげに眉尻をさげた。
「ごめんね。こんなに早く国王を交代するつもりじゃなかったんだけど」
「国王様のせいじゃないよ!」
俺は国王様の首にぎゅっとしがみついた。だって、国王様は自らを犠牲にしてこの国を守ってきたのだ。その交代が予想より早かったとしても、誰が彼を責められるだろうか。
「偉い!国王様はうんと偉い!すごく頑張った!だから、だから、もう休んでもいいんだ。大丈夫。団長さんは強いから、国王様に代わってこの国を守ってくれるよ!」
誰か俺に語彙力をください……!言いたいことをとりあえず言葉にしたら、なんか精神が大人だとは思えないような台詞になっちゃった……。
「ありがとう。さあ、着いたよ。この扉の向こうで“彼”が待ってる」
行きなさい。その言葉に後押しされるように、俺は床に降りて歩きだした。重厚な両手開きの扉を押せば、それはあっけなく開かれる。
長い祭壇の向こう。
そこには俺が会いたくて会いたくてしかたなかった人が、たたずんでいた。
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