告げられる真実
異世界からの来訪者。たぶん、その言葉の意味を理解しているのは、この場では俺とじいちゃんの二人だけだろう。そもそも“異世界”という概念があることにびっくりだ。
『驚いているな?そなたのような存在は珍しいが、途方もなく長い歴史のなかで、先例がないというわけでもない。王都のどこかにあると言われている、ごく一部の者しか入室を許されない極秘の書庫に、詳しい資料が保管されているらしい。わしも見たことはないので、本当かどうかは定かではないがの。ただ、あまりこのことは信頼できる者以外にはいわないほうがいいだろう』
極秘の書庫、という単語にペレル兄ちゃんがぴくりと反応した。目がキラキラしてる。しかし、いまはそんな場合ではないと気づいたのか、また不安そうな顔に戻った。一瞬だけど、知識欲が理性を上回っちゃったんだね……。
「らいほうしゃ、とはどういう意味なのでしょう?」
ペレル兄ちゃんの問いに、じいちゃんが『あとでヴァイスリーリエに聞くがよい』とこっちに丸投げしてくる。えー、説明が面倒なんだけど……。というか、ちゃんと説明できるかな?
『ヴァイスリーリエの精神は成熟している。現実を受け止められるだろう』
「で、ですが……」
『すべてが終わってから知ったほうが、ヴァイスリーリエは深く傷つくはずだ』
ペレル兄ちゃんは、ハッとしたように俺を見た。ブラウ兄ちゃんとフェル兄ちゃんは意味がわからずに首を傾げているが、口を挟まずに黙ってなりゆきを静観しているようだった。
「えっと、それって団長さんにかかわることなんだよね?だったら、俺は知りたいよ。なんかすごく不安だけど、じいちゃんが言ったみたいに、あとになって知るほうが嫌だ。後悔したくない」
すごく、すごくよくないことなんだろうな、という漠然とした不安はある。でも、怖いから後回しにしていたら、そっちのほうがよほど後悔してしまいそうだ。
なによりも、団長さんがかかわっているというのなら。聞かない、という選択肢は俺の中に存在しなかった。
「じいちゃん。俺に教えてください。王様って、どうやって選ばれるの?」
その問いを、ペレル兄ちゃんは遮らなかった。
『強い者が選ばれる。王は未来を視る力を得るかわりに、すべてを失う。種族の特性や、それまで生きてきたすべての記憶をなくしてしまうのだ。大切な家族や友人、それに愛しき者のことも。己が“誰”であったのか、それすらも』
もしかしたら、って予想はあった。ほんと、なんとなくなんだけど。王様と父ちゃんはとてもよく似ていた。俺と兄ちゃんたちがそっくりみたいに。でも、そこには兄弟のような気安さはなかった。父ちゃんはあくまでも臣下として、王様の隣に立っていた。
もしかしたら、昔は兄弟だったのかもしれないなって。ちょっとだけ思ったんだ。でも、きっと、いまはそうじゃなくなってしまった。だから父ちゃんは、臣下として王様に仕えてる。
「そっか。じゃあ、団長さんは新しい王様になっちゃうんだね」
自分の口から漏れた言葉は、自分でも驚くほど平坦なものだった。
だから母ちゃんだけでなく、使用人さんたちもどこか悲しそうな雰囲気を漂わせていたんだ。絶対に俺に知られてはいけないと、屋敷のなかだけでなく邑中にも箝口令が敷かれていたに違いない。
そうだね。こんな事実をまだ幼い子供が知ったら、悲しみのあまり精神的におかしくなってしまうかもしれない。俺も胸がキリキリと痛むし、嫌だと、そんなの絶対にダメだと、泣き叫んでしまいそうだ。
でも、じいちゃんが言ったように、俺の精神は成熟している。
だから、押さえ込める。
暴走しそうになる感情を。
「俺、団長さんに会いたい」
会って、話がしたい。
団長さんが団長さんでいられるあいだに。お別れを言うのは、なんかちょっと嫌だけど。だからといって、なにを話せばいいのかわからないけれど、でも、会いたいのだ。
会って、顔が見たいのだ。
婚約者殿って、いつものように呼んでほしいのだ。
もう二度と団長さんに会えなくなってしまうのだとしても、あの大きくたくましい腕で、強く、強く抱きしめてほしい。
ああ、なんだ。俺って、知らないあいだに団長さんのことがこんなにも好きになっていたんだ。
ほろほろと零れる涙を袖で拭って、俺はじいちゃんを見あげた。
「どうすれば、団長さんに会えますか?」
するとなぜか、背後で「ケーン!」と獣の鳴く声が聞こえた。
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