最果ての地にて・マティ


 鬱蒼と茂る樹木の合間を、枝や葉に視界を遮られながらもできうる限りの速度で駆け抜ける。まだ距離はあるが、背後から迫りつつある気配に舌打ちした俺は、部下に命令をくだした。

「あの灌木の下で停止」

 そろそろ休みを入れなければもたないだろう。俺の言葉を聞いた部下たちは、背後を気にしながらも安堵の笑みを浮かべた。

 ――戦況は芳しくない。

 俺が率いた部隊は、連隊の一つに配属された。調べるまでもなく、似たような境遇で徴兵された寄せ集めであることが見てとれた。

 戦場に立った経験のない者たちを、自らの部隊に配属したいと思う将はいないだろう。出発する前からわかりきっていたことだ。

 適当に一纏めにし、手薄になった部分に投入する。戦果をあげることは期待されていない。あくまでも迫り来る魔獣たちの眼を逸らし、部隊を立て直す時間を稼げればいい――ようは使い捨てのような存在なのだ。

 わかってはいた。だが、学友たちが、己の部下が死んで行くのは辛かった。

「ルーの容態は?」

「気絶しているだけのようです。ただ出血が多く……早く医療班に診せなければ危険です」

 ルースの部下で、もっとも体格のよい男が顔を顰めながら告げる。その腕には、青白い顔のルース・ラニードがぐったりと横たわっていた。肩の部分には白い布が厳重に巻き付けられている。滲み出した血の色に、俺は唇を噛み締めた。

 個々で戦うことの愚かさを学んでいた俺たちは、学友同士でいくつかの集団を作り行動を共にしていた。人数が少なくなれば、同じ境遇の学友と合流する。それは、出発の馬車内で話し合い決めたことだった。

 死を覚悟している。だが、生きることを諦めたわけではない。一人でも多く生還する。全員でそう誓い合った。

 俺とルースの小隊は、初日から行動を共にしていた。戦死者も出ずに上手くいっていたのだ――そう、今日までは。

「全員は逃げられなかった、よねぇ」

 ルースが魔獣の一撃を受け倒れた瞬間、俺は双方の部隊に撤退を命じた。もともと戦況は混乱の下にあった。連隊を率いていた指揮官はそうそうに魔獣の爪に倒れ、誰が指揮権を引き継いだのかすら定かではない。

 撤退したところで咎められることはないだろう、と踏んでの判断だ。地面に座り込んでいる人数を数え、俺は苦笑する。半数が逃げ切れなかった――いや、全滅しなかっただけ上出来か。

「まあ、ここまで生きてこれたのが奇跡、か」

 木々の間から覗く空を見上げれば、場違いなほどの青が視界に映った。ここから野営地までは、まだ距離がある。いずれ魔獣に追いつかれ、戦闘となってしまうだろう。覚悟を決め、決断をくだす。

「――命令。全員、全力で野営地を目指せ。そして、お前たちはそのままルースの指揮下に入れ」

「マティ様、それは……!」

「俺はここに残る。足止め役が必要でしょ?」

 俺の部下たちが、悲痛な表情を浮かべる。これ以外に方法はないのだ。むろん、部下にしんがりを命じることはできた。

 しかし、この部隊でもっとも実力があるのは俺だ。他の奴らでは、たとえ人数を割いたとしても、必要な時間を稼ぐことはできないだろう。

「では、私もお供します!」

 数人の部下が、覚悟の滲んだ声をあげた。それに、俺は笑みを浮かべて首を横に振る。

「だーめ。俺のために無駄死にするくらいなら、ルースを守って」

 兵力があればあるだけ、ルースの生存率はあがる。血の気を失ったルースの頬を撫で、俺はゆっくりと立ち上がった。

「お前たちを助けたいとか、隊長としての責任感だとか、そんな殊勝な理由じゃないんだよ。俺はただ、こいつを死なせたくないだけなの。そのために、お前たちの命を利用するってだけ」

 たぶん、何人かは気付いているんだろうな。俺が過剰なくらい、ルースを優先する理由を。お願い、と頭を下げれば、呆れたような笑い声があがった。

「……仕方ないですね。隊長を男にしてさしあげますよ」

 そう言ったのは、俺の副官を務めた男だった。そして笑いながら、「先に行っててください。私たちも、すぐに隊長に追いつきます。もちろん、ルース様だけはなにがあっても連れて行きませんから。安心してくれていいですよ」と軽口を叩く。

 ほんと、よくできた部下たちだ。俺がサウガ家の血を一滴も引いていない、身代わりの存在であると知っていてもなお、文句の一つも言わずここまでついてきてくれた。感謝してもしきれない。

「頼んだ」と、呟いて、俺は剣を握り締めた。最後にもう一度だけルースの頬に触れ、口元を緩める。

「生き残れ、ルース。そして、あの天の邪鬼な主殿のとこに戻ってやりなよ」

 俺がお前と話しているだけで睨みつけてきたあの男は、きっと今頃、死ぬほど後悔しているはずだ。

 主殿といえば、俺の仕える相手は泣き虫だから、本当のことを知ったら普段の取り澄ました態度をかなぐり捨ててぴーぴー泣き喚くだろうね。でも、しかたない。弟のような存在である彼を、戦場に立たせたくはなかったのだ。

 部下たちの気配が遠ざかっていく。込み上げてくる感情を押し殺し、俺は瞼を閉じた。脳裏に浮かぶのは、困ったように微笑むルースの顔。




 この想いに名前など必要はない。どうせ、この最果ての地にて、命と共に消える想いなのだから。

 でも、できるなら――叶うのならば、君の笑顔を俺だけに向けてほしかった。




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