最果ての地より・ルース


「では、しばらくの間、留守にいたしますね」

 必要書類を提出し終えた俺、ルース・ラニードは、主であるセイリオ・ホロ・レリクレルに頭を下げた。

 見てくれは上等だが、性格はプライドの高い俺様という、実に扱い辛い我が主は、椅子に座ったまま俺を見上げ不満げな声をあげた。

「学生の身で休暇とは、ずいぶんといいご身分だな」

「もうしわけありません。あとのことは親衛隊の生徒たちに託してありますので、ご不便がございましたら彼らにお声かけください」

「甲高い声で騒ぎ回るしか能のない奴らを頼れと?」

「セイリオ様のお傍に侍る者たちには、有能な人材を用意いたしました」

 彼は少しでも生活のリズムを崩されることを嫌う。実に面倒な性格だ。乳兄弟であり、物心ついてからは傍仕えとして働いていた俺でさえ、たまに匙を投げたくなるほどに。

 なるべく優秀な生徒を見繕ったつもりだが、この分だと数日で癇癪を起こしそうだな……。

「まあ、いい。面白い奴も入ってきたし、当分は退屈しなさそうだ」

 にやにやと、彼は締まりのない顔を浮かべる。面白い奴、というのは、先日編入してきた一学年下の少年のことだろう。名前は、リノ・キーファンといったか。

 階級意識の強い学園において、権力を否定した少年。それは、かしずかれることにうんざりとした、一部の特権階級の生徒たちの眼を引いた。

 権力を恐れぬ態度に、光を見たという者さえいる。我が主も例外には漏れなかったようで、なにかと編入生にちょっかいをかけては反応を楽しんでいた。

 幼い頃から、彼に報われない恋心を抱いている俺としては悲しむべき光景だ。だが、心のどこかで、ほっとしている自分がいるのも事実だった。

 編入生は、嫌だと口にしながらも明らかな好意を彼に寄せている。おそらく、彼が告白すれば承諾するだろう。

 幼い頃に植え付けられた、絶対的な忠誠心。己の幸せよりも、主の幸せを優先するように俺は育てられた。だから、彼が幸せであるならば、それは歓迎すべきことなのだ。

「では、失礼いたします」

 一礼し、扉へと向かう。生徒会室には彼の姿しかないが、いつ役員の誰かが姿を現すとも限らない。俺は役員たちに嫌われているからな……。顔を合わせないに越したことはない。

 廊下に出て周囲を確認する。そのまま足早に校舎を出れば、街路樹の下に佇む友人の姿があった。整った容貌に、緩めの笑みを浮かべたマティ・ヨードルは片手をあげてみせる。

「お別れの挨拶はすんだ?」

「……ああ。そのぶんだと、お前も終えたようだな」

「当分は帰ってこなくていいですよ、って言われちゃった。うちの主殿も、編入生に夢中だからねぇ」

「あとで真実を知ったら、後悔の嵐に苛まれそうな台詞だな」

 休暇の理由は、実家から呼び出しがあった、ということにしている。だが、これから俺たちが向かうのは――戦場だった。

 近年、深刻化している魔獣被害。先読みの占い師たちが、今年の魔獣による被害を“大凶”と占ったことが原因だ。

 王国の貴族たちには、有事の際、自らが治める領地から小隊を、そしてそれらを率いる指揮官を血筋の直系から一人、差し出さなくてはならないという決まりがある。徴兵される年齢は、十五歳から四十歳まで。

 だが、自らの子供を差し出す親がいるだろうか。特に血族の少ない貴族は、存続の危機に直面することになる。

 そこで用いられているのが、“身代わり”だ。身寄りもなく、魔素値が強い子供を養子として引き取り、いざという時の代用とする。 便宜上、俺は彼の乳兄弟ということになっているが、戸籍では義理の弟となっている。

 もっとも、貴族に課せられた義務を必要とするほどのことは滅多には起こらず、たいていは使用人として生涯を終える者が大半なのだが。俺は――俺たちは運が悪かったのだろう。

「できれば、もうちょっと戦い方を学んでからがよかったなぁ」

 マティが空を見上げ、溜息をつく。確かに、今の俺たちでは死にに行くようなものだ。

 戦果をあげることは期待されていない。レリクレル家が戦に参加した、という事実があれば充分なのだ。

 門に向かえば、そこには同じように戦地へと向かう仲間たちの姿があった。理不尽だと声をあげる者はいない。声をあげたところで、無意味だと知っているからだ。

 それに、もっとも不憫なのは小隊の面々だ。指揮官の能力で生死が左右される戦地において、自分たちを率いるのが一介の学生なのだから。

「あの編入生のおかげで、当分は俺たちが戻らないことに気付かないだろうな」

「できるだけ気付かないでいてほしいけどねぇ」

 学園から数名とはいえ、貴族の乳兄弟だった者たちばかりが姿を消すのだ。普段の彼ならばすぐにでも気付くはずだ。だが、編入生に夢中になっている今、ささいな違和感は素通りされてしまう。

 それでも、彼はいずれ真実を知るだろう――唐突にもたらされる、“訃報”という形で。

 迎えの馬車が坂を登ってくる。その死地へと誘う蹄の音に、俺は、静かに眼を閉じた――。




 遠き地の果てで、俺はあなたの幸せを祈っています。

 あなたが幸せであればいい。たとえその世界に、俺の姿がなかったとしても。




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