最果ての君へ・セイリオ


 あいつの姿がないことに苛立ちを募らせた頃。最悪な形で、その理由を知ることになる。




 あいつと俺は乳兄弟として育った。歳を重ね、やがてそれは主と従者の関係に変わる。常に傍らに控え、俺もそれが当たり前のことだと思っていた。あいつがいなくなるなんて、考えたことさえなかった。

 その日は、朝から冷たい雨が降っていた。いつものように起床し、身支度を調える。

 はじめは親衛隊の奴らにやらせていたが、あいつとの差違に苛つくばかりで、今ではたいていのことは自分で済ませるようになってしまった。手間はかかるが、この部屋にあいつ以外の人間を入れたくはないのだからしかたない。

 実家からの呼び出しがどういった内容かわからないが、ここまで長期にわたるとは聞いていない。連絡の一つも寄越すべきだと、俺は憤っていた。

 昼になり、俺は役員たちとともに食堂へと向かう。最近は、時季外れの編入生である、リノ・キーファンと一緒にとることが多かった。

 権力に対し物怖じしない態度に好感を持ち、役員たちもそれぞれに似たような感情を抱いたようだった。

 食堂に足を踏み入れると、普段ならば耳障りなほどの歓声があがっていた。しかし、代わりに飛び込んできたのは、心が押し潰されそうなほど悲痛な叫び声。

 何事かと辺りを見回せば、数名の生徒がくしゃくしゃになった手紙を握り締め、泣き喚いているところだった。

 普段ならば、個人宛の手紙は寮へと届く。だが、急ぎの報せだけは、直接本人に手渡される仕組みとなっていた。

「なにがあったんだ。誰か説明しろ!」

 声を荒げれば、複数の生徒たちがこちらに顔を向けた。しかし、誰も言葉を発しない。誰もが一様に青ざめた眼差しを浮かべ、視線を反らした。

「――訃報がもたらされたのです」

 そう告げたのは、俺の親衛隊の隊長を務めている生徒だった。名はクリス・セレン。可愛らしい部類に入る生徒だが、強力な攻撃魔術の使い手としても名を馳せている。確か、あいつとも仲がよかったはずだ。

「同じ日に、複数の生徒の身内が亡くなったというのか?」

「聡いあなたならば、わかるはずです」

 もう一度、泣き喚く者たちを見る。手紙を握り締めているのは、貴族の子弟ばかりだった。冷たい汗が、背筋を伝う。いい知れない不安に突き動かされ、俺は傍に落ちていた開封済みの手紙を拾った。

 そこに印字されていたのは、“戦死”の文字。書かれてあった名前に見覚えがあった。ここの生徒だ。あいつと同じ、とある貴族の従者として学園に在籍していた――。

「これは、どう、いう、こと、だ」

 セレンはなにも言わない。脳裏を過ぎるのは、貴族に課せられた義務の一つ。王国が危機に瀕した時、貴族は己の領地から小隊を、そして、直系の血筋からそれらを率いる指揮官を一人、差し出さねばならない。

 だが、爵位の高い貴族ほど、直系の血を守ることに固執する。そのため、いざという時の身代わりとして、魔素値の高い子供を養子として引き取る場合が少なくない。

 あいつも――ルースも、そのために連れて来られた子供だった。どうして、今までそれを忘れていたのか。

「ルースは、実家に呼び出されて……」

「彼が向かった先は、戦場です。今も戦い続けている」

 指先が震えた。言葉を発しようと開いた唇から漏れたのは、微かな呻き声だけだった。

 俺はなにをしていた?あいつが戦場に立っている時、俺は……。泣き喚き続ける生徒たちが、己の心を代弁しているかのようだった。




 なぜ、気付くことができなかったのだろうか。君が別れを告げたあの時に気付くことができたなら、せめて、最果ての地でともに朽ちることもできただろうに。

 もう手遅れだとしても。叶わないのだとしても。愛しているのだと、そう伝えさせてほしい。君に出会ったあの日から、ずっと君を想い続けていたのだ、と。




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