僕の兄様・レヴィ
アレン兄様は、魔素値がとっても低い。
僕がそれを知ったのは、一年前。六歳の時だった。はじめはよくわからなかったけど、周りを見ていたら少しずつそれがどういうことなのか理解できるようになった。
アレン兄様に好意的なのは父様や屋敷に仕える人たちだけ。一歩、外に出れば、ありとあらゆる悪意が兄様を襲う。
僕に猫なで声で話しかける大人が、アレン兄様を見た瞬間、露骨に眉を寄せる。アレン兄様に向かって、これ見よがしに掛けられる嘲笑。
だから僕は、王宮で開かれる宴は嫌い。父様も大嫌いみたいだけど、貴族の義務だから欠席はできないんだって。それは僕たち兄弟も一緒で、偉い人が開いた宴には出席しなければいけない。
わざと招待状からアレン兄様の名前だけが省かれた時は、絶対に行かないけど。父様も行かなくていいって言ってくれる。
「上等な外見のおかげで、生きるには困らんでしょう。羨ましいですなぁ」と、王宮で開かれた宴で零した貴族は、それ以来、二度と顔を見ることはなかった。
そのおかげで、僕らの前で嫌味を言う人は少なくなったけど、アレン兄様を取り巻く状況が変わったわけじゃない。
「たまにそういうのも産まれるさ。お前じゃなくてよかったよ」と、兄様は、なんでもないことのように笑う。
確かに、魔素値は高い方がいい。戦場で生き残れるし、多くの敵をやっつけられる。でも、魔素値が低いから駄目だなんて、極論だ。
アレン兄様はとっても頭がいい。すごい。大人でもできない計算を、あっという間に解いてしまう。そのアレン兄様に価値がないなんて、ふざけてる。
一緒に寝て、とお願いすると、アレン兄様は困ったように笑って、でも、最後には頷いてくれる。
レヴィは甘えん坊だな、と笑われるけど、僕は恐くて恐くてしかたないんだ。アレン兄様が、アレン兄様を悪く思う奴らに連れていかれてしまうじゃないかって……。
父様たちは教えてくれないけど、僕は知ってるんだ。悪い奴らがアレン兄様を狙ってるって。
魔素値が高い者が上に立つべきだって主張する貴族たちの集団は、アレン兄様の存在が許せないらしい。
何度しくじっても、しつこいくらいに刺客を放ってくる。それに、美しいアレン兄様を攫って手元に置こうとする馬鹿な貴族たちもいる。
おかげでうちの屋敷に仕える騎士たちは、近衛騎士団にも引けをとらない実力の持ち主ばかりが集まっている。
特に長年仕えている古株の騎士たちは、よく王宮から勧誘されているみたい。でも、僕らを――アレン兄様を守りたいからって、いつも断ってしまうらしい。
兄様の優しい人柄に触れて、みんな心酔しちゃうんだって。ディ兄様が言ってた。もちろん騎士たちは僕らに分け隔てなく接してくれる。でも、魔素値の低いアレン兄様が心配で仕方ないのだと思う。
アレン兄様の警護に就く騎士は、半年に一度、内輪で開催される大会(別名「アレン様の護衛を決める大会」)の上位から選出される。父様をはじめとして、優秀な騎士たちのおかげで悪い奴らは手も足もでないようだ。
でも、中には屋敷の周りに張り巡らされた結界を突破してくる強者もいて。
「結界の強化を、父様にお願いしなきゃ」
三重に張られた結界の、外側部分を突破した侵入者を、僕は片手で吹き飛ばした。とっさに防護壁を作ったみたいだけど、堪えきれなかったみたい。壁に激突して動かなくなる。
数秒もせずに巡回中の騎士たちが駆けつけ、侵入者をあっという間に拘束してしまった。これから雇い主や仲間の有無を吐かされるんだろうな。引き摺られていく侵入者を眺めていると、一人の騎士が僕の前に跪いた。
「レヴィ様のお手を煩わせてしまい、申しわけありませんでした」
「結界を突破される前に気付け」
結界は保険であって、それが突破される前に気付くのが当然なのだ。あとで父様や護衛団長からも叱られるんだろうな。
そう思うと、ほんのちょっとだけ彼らが気の毒になった。叱られたあとは、地獄の鍛錬フルコースが待ってるから。
すると、たまたま近くにいて騒ぎを聞きつけたアレン兄様がひょっこりと姿を見せた。僕も騎士も思わずぎょっとする。
「大きな音がしたけど、魔術を使ったのか?」
「え、えっと……虫、おっきな虫がいたんだ!」
とっさに嘘をつく。こんな場所で魔術の訓練をしてたとも言えないし、巡回中の騎士に魔術の手解きを受けてたとも言えないし……あ、でもアレン兄様は信じてくれたみたいだ。昔、大きな蜘蛛に驚いて魔術を使ったことがあるからかな。
「お前ね、虫くらいで力を使うんじゃないよ」
「毒虫だったらいけないと思って……ごめんなさい」
毎日のように刺客が送り込まれているだなんて、アレン兄様には言えない。絶対に。だって、優しい兄様は自分を責めてしまうもの。そんな姿は見たくない。
聡い兄様にはいずれ気付かれてしまうかもしれないけど……今はまだ守られていてほしい。
「ねぇ、兄様。こないだ一緒に植えた野菜が芽を出したんだよ」
「え、マジか?よし、見に行こう」
兄様が品種交配した作物は、痩せた土地でも育つものが多く、農村の者たちにとても感謝されている。魔素値が低くても、大勢の人たちを助けている。威張るだけしか能がない貴族のぼんくらどもとは大違いだ。
アレン兄様が迫害される国なんて、壊してしまえばいいんだ。
そして、新しく創り直す。
僕の大好きな人たちが、いつも笑っていられる国に。
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