懺悔と決意・ディークセル


 弟が産まれた。名前は、アレン。驚くほど小さくて、とってもか弱い。赤ん坊は、みんなそうなのだろうか。

 僕も兄上も赤ん坊だった時はあるのだが……ちょっと想像ができない。特にあのユミール兄上は。

 言葉は喋れないものの、なんとなく理解はしているらしい。母上が、「ご飯よ〜」というと嬉しげな声をあげる。

 両手を伸ばして、じたばたと動く姿は可愛い。「アレン」と呼びかける度に、返事をするように可愛らしい声があがる。

 自分の名前を理解しているのだろう。頭のいい子だ。僕のことも、“兄”だとわかっているのか。まあ、これはいずれわかるようになるはず。

 そんなアレンは最近、一人歩きの練習がお気に入りだ。壁を支えにふらふらとした足取りで前に進もうとする。むろん、すぐに転んでしまうが。その度に、僕たち(父上、母上、兄上、使用人等々)は息をつめて見守る。

 不満なのは、そんな可愛らしい弟と頻繁に会えないことだ。僕は六歳になったと同時に、兄上も通っている魔術学園の幼等部に入れられてしまった。

 屋敷からそう遠くはないのだが、学園の方針で休みの日以外の帰宅は禁止されている。なんでも、自立心を鍛えるためらしい。

 親に甘え、魔術の鍛錬をおろそかにしてしまう子供が続出してしまったため、このような措置が執られるようになったそうだ。

 僕は父上と母上に甘えないから、アレンに会わせてほしい。せめて初めての誕生日くらいはお祝いに駆けつけたい。なにもない平日の帰宅は、禁止されているのだけれど……。

 アレンが一歳の誕生日を迎えた日。同時に魔素値の計測も行われる。本来ならば、屋敷は祝いの雰囲気に包まれているはずだった。

 高位のレル保持者である父上と母上の子なのだから、誰もがアレンも同じであると疑っていなかった。

 実際、兄上も一族きっての高位レル保持者で、僕自身も一般的には高いとされる量をもっている。

 でも、アレンの結果は、たったの10レル。

 ようやく休日になって、アレンへの誕生日プレゼントを抱えて家に戻った僕を待っていたのは、驚愕の事実だった。

 僕が悪いのだ。

 産まれてくる弟が、僕より魔素が低ければいいと、そう願ってしまったから。兄上と比べられることが辛くて、その上、弟にまで敵わないなんてことになったら……。

 だから、僕は願った。神様、ほんの少しだけでいいんです、と。希望は、予想もしない形で叶えられてしまった。

 これは罰だ。僕がひどいことを思ってしまったから。

 魔素力がすべてだと主張する頭の固い貴族の家だったら、一族の名誉にかかわると殺されてもおかしくはない。そうでなくても、貴族であるアレンはこの先、後ろ指を指されて生きていかねばならないだろう。

 だから、僕は決意した。アレンを守ろう、と。

 そのためには、権力が必要だ。騎士団に入ることも考えたが、僕程度のレル保持者は少なくない。自分よりも上位の者を押し退け団長の座に就くためには、よほどの実力がなければ不可能である。僕は六歳で己の才能に見切りをつけた。

 それにどうせ、騎士としての権力は兄上が手に入れる。ならば、必要なのは別の権力。

「僕は宰相を目指します。兄が権力者ならば馬鹿にする輩もいないでしょう」

 そのためには、たくさん勉強しなければならない。今の勉強量で足りるかな?よし、明日、学園に戻ったら先生に“宰相になるにはどうすればいいのですか?”と訊いてみよう。

「あ、またお前、ガキのくせに面倒臭いことをごちゃごちゃと考えてるだろ」

 背中に重みが加わった。背後から覆い被さるようにするのは、ユミール兄上の癖だ。自分の体が小さいことをまざまざと見せつけられるようで不快なのだが、一向に止めてくれる気配はない。

「宰相なんて面倒なもんは、頭のはげたじじいに任せとけばいいんだよ。アレンの分も俺が強くなればいいだけの話だろ」

「兄上は短絡思考すぎます。それと、僕が子供なら兄上だってまだ子供ですよ」

「難しい言葉を使うなよ」

「僕が宰相を目指すのは、アレンだけのためじゃありません。自分のためでもあるんです」

 アレンのために己の未来を犠牲にするのでは、と考えてもらっては困る。僕は兄上に引けを取らない、隣に並び立てるような人間になりたい。

 そのためには、騎士では駄目なのだ。宰相ならば、騎士団長と並んでも遜色はないでしょう?

「アレンもお前も、俺が守ってやるのに」

「お断りします」

 僕だって、アレンや兄上を守ってあげたい。特に兄上は短絡的なので、うっかり誰かに騙されてしまいそうだ。僕が隣にいて、しっかり見張っていなければ。

「あぶぶー、ぶう?(兄ちゃんたちってデキてんの?それとも、ちょっと行きすぎた兄弟愛?)」

「アレン、変な顔してどうしたんだ?」

「おむつ……は濡れてないから、お腹でもすいたのかな?」

「あだっ、だっ!(カモン、おっぱいタイム!)」

 一転して、アレンは楽しげに笑う。その瞳はきらきらと輝いていて、まるで宝石のようにきれいだった。この瞳が曇らないように、愛らしい顔が悲しみに歪まないように。僕が守ってみせるよ。




***END***

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