復讐のキセツ


※残酷表現あり。ご注意ください。アンチ王道のせいで酷い目に遭っていた脇役主人公。けっこう鬱展開。




 ――その日、蓮見紀雪(はすみ・のりゆき)は死んだ。




 僕を一言で表すならば『平凡』という言葉がぴったり当てはまるだろう。唯一の取りえは学力で、そのおかげもあって特待生として私立の学校に通うことができた。

 いずれ学力に見合った大学に行って、適当と思われる会社に就職して、なんとなく息の合った女性と結婚して、子供を設けて、最後は愛する家族に見守られながら生を終える――そんなありきたりで、でも幸せな未来が待っているものだとばかり思っていた。

 それが、なぜこうも狂ったのか。

 原因は明白だ。一ヶ月前、僕が通う東学園高等部に一人の編入生がやってきた。名前は星陸夜(ほし・りくや)。僕の新しい同室者であり、クラスメイトだった。

 星陸夜は西洋人形のように愛らしい外見に見合わず、強気な性格の持ち主だった。誰に対しても物怖じしない態度は、やがて生徒たちが崇拝する生徒会役員の目にとまった。

 そして、まるで魔法にでもかけられたかのように、人気者たちは次々と星陸夜の虜となっていった。

 それだけなら、まだよかった。

 僕は傍観者に徹し、離れた場所で繰り広げられている愛憎劇を観劇するつもりだった――星陸夜が同室の僕を親友認定するまでは。

「紀雪(のりゆき)は俺の親友だ!」と辺り憚らず公言するおかげで、僕は星陸夜の信者たちの嫉妬を買った。

 そして、星陸夜に手を出せずフラストレーションが溜まりに溜まりまくった親衛隊たちの格好の的だった。

 むしろ、信者どもは僕が親衛隊の餌食になるように動いていた節がある。案の定、親衛隊の矛先は僕に向き、強姦だけは回避できたが連日の呼び出しに度重なる暴行。僕の精神は常にぎりぎりの淵を漂っていた。

 それが壊されたのは、一昨日のこと。

 あろうことか、僕はこの学園の生徒会長に暴力を振られた。

 星陸夜にまとわりつく(信者たちからはそう見えているらしい)僕の存在が、よほど気に食わなかったらしい。

 罵声を浴びせられ、怪我でまともに動くことも叶わない体を何度も何度も、執拗に殴り蹴られ続けた。

「これで懲りただろう。二度と陸夜に近付くな」というのが、会長の捨て台詞。身も心もぼろぼろになった僕は、生きる気力が枯渇したことに気付いた。

 好きだったんだ。彼のことが。叶わない想いだと知っていた。でも、想うだけなら許されるだろう、と。静かに恋心を温め続けていた。

 その想いもすべて粉々。欠片すら残らずに消えた。

 そして、今、僕は誰もいない屋上に立っている。

 身寄りのない孤児院出身というのは、どう幸いするかわかったものではない。僕の存在によって被害を受ける“家族”がいないのは不幸中の幸いだ。もっとも、そのおかげで僕はこの学園に特待生として入学したのだけど。

 友人たちは、すでに僕を見限った。それを恨むつもりはない。僕が彼らの立場ならば、罪悪感を覚えつつも同じ態度を取ったはずだ。親友と呼べた相手も、今や星陸夜の信者の一人だ。僕の訃報を聞いたところで、眉一つ動かさないだろう。

 むろん、転校というカードを選ぶこともできた。同じように学費を免除してくれる高校もあるし、働きながら夜間学校、もしくは通信制の高校に通うこともできた。

 しかし、信者どもはよほど僕が憎いらしい。転校が可能な高校には、僕がそこに通えないように手を回したようだ。どうりで転校手続きの書類が返却されるわけだ。

 残されたのは、退学というカード。だが、執拗な奴らのことだ、僕が働こうとしても先回りして手を打ってくるかもしれない。

 僕なんかを追い込んで、いったいなにが楽しいというのか。そんな暇があるならば、星陸夜の気を引くことに躍起になればいいのに。

 心残りはなかった。

 もう、痛みも恐怖も、臓腑が煮え繰り返るような憎しみを感じることもない。

 フェンスをよじ登り、遮るものがなくなった空を望む。真っ青な空。これから僕は、そこに融けていく。

 目を閉じ、前に重心を乗せた。

 重力に従い、ゆっくりと倒れ込む。

 ああ、これで解放される。死による解放に歓喜した時、無情にも突風が吹いた。そして、その風は僕がかけていた眼鏡だけを攫い、僕の体を押し戻す。フェンスに体を叩きつけられ、茫然と空を見上げた。

 ――嗚呼、死すらも僕を拒むのか。

 視界が滲み、涙が頬を伝った。やがて、消えたはずの憎しみが、徐々に心を闇で覆い尽くしはじめる。“僕”を一欠片も残さずに呑み込んでいく。

 ならば、生きてやろう。

 だが、今までのように人の顔色を疑って生きるのは、もうごめんだ。“僕”――いや、“俺”は、この手で、世界を変えよう。蓮見紀雪を迫害した者たちに復讐を。

 あいつらが蓮見紀雪からすべてを奪ったように、今度は俺があいつらのすべてを奪うのだ。

 俺は立ち上がり、空に向かって両手を伸ばす。

「さよなら、蓮見紀雪――」

 この日、蓮見紀雪は死んだ。

 そして、新たに生まれたのが、俺――“蓮見キセツ”という少年。





***END***




あとがき

 平凡ぽかった少年が、綺麗系チャラ男にジョブチェンジして復讐するという話。

 たぶん、会長×主人公になると思われる。会長は主人公が好きだったけど、それには気付いてなかった系。

 固定CPですが、主人公は復讐のために他のキャラとも関係をもっちゃったりしてます。風紀副委員長とか、不良クラスのトップとか。

 プロットを練っていて、思った以上にドロドロになって、挫折した話だったりします。復讐ものとか好きなんですけどねー。「溺愛ラバー」よりドロドロ系でした。

 一つの名前で二つの読み方があるパターンが地味に好きなんです。なので、名前に一番時間を掛けました(笑)


※こっそり追記

 要望が多かったので、いずれ中編として書いてみたいと思います。

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