あとで隣国の馬鹿王を暗殺しようと思う。


※異世界設定。主人公は王族。政治的な話だけで、萌が欠片もない。同性結婚OKな世界。




「お前には結婚してもらうことになった」

 年齢が十四も離れた兄の言葉に、俺は柱の角に頭を打ちつけたくなった。結婚したくないから俺は文官になったんだ。それなのに、なぜ“結婚”を持ち出されなければならないのか。

「武官、もしくは文官になって国に貢献できるなら、政略結婚はしなくてもいいっておっしゃいましたよね?」

「事情が変わったんだよ。隣国のせいでね」

 うんざりといった表情を浮かべた兄――ゼグリス・フラ・ラルシェール国王は、金髪碧眼の美形にもかかわらず、疲れ切った様子で応接室の豪奢な長椅子に寝そべった。

 おい、いくら弟の俺と気心の知れた近衛しかいないからって、気を抜きすぎだろうが。近衛の兵士たちが、ものすごく困った顔で視線をさ迷わせてるじゃないか。

「馬鹿王が、王族を嫁に寄越せってうちに要求してくるみたいなんだ」

「それって、アムステルダですよね?」

 うち(リアノ王国)の隣国といえば、西のアムステルダと北のニーニルアしかない。しかし、兄が“馬鹿”と揶揄するのは、アムステルダの国王だけだ。ニーニルアとは良好な関係を保っている。

「王族で結婚適齢期にあって、まだ未婚なのはジュリーしかいない。でも、結婚させるわけにはいかなくてね」

「今、結婚しろって言いませんでしたか?」

「アムステルダとは婚姻関係を結びたくないんだよ」

 兄は政治に私情を持ち込むような人物ではない。必要だと判断すれば、馬鹿国と批判するアムステルダにだって俺を嫁がせるだろう。最近の国際情勢を思い描き、俺は眉を寄せた。心当たりがあったからだ。

「そういえば、ルーシルとの戦が思うようにいってないそうですね」

「当たり。増援が欲しいみたいだよ。そこでうちに目をつけたみたいだね」

 現在、アムステルダは国境を接するルーシル公国と戦の真っ最中である。もともと仲が悪く、昔から戦争の絶えない両国だったので、周りからすれば、またか、である。

 たいていは両国が国力を削り合ったあと、見かねた周辺国からの休戦提案を受け入れる形で終焉となる。

「負けそうなんですか」

「負けそうなんだよ。馬鹿王だから」

 中立の立場を取るリアノは、よっぼどの理由がない限り他国の戦に首を突っ込む義理はない。

 だが、縁戚関係ともなれば話は違ってくる。つまり、嫁を寄越せ――縁戚関係になったのだから、応援の兵士も寄越せ(こっちが本命)、というわけだ。

「ですが、少し前にどこかの親切な国が休戦の提案をしませんでしたか?」

「それを一蹴しちゃったんだよ、あの馬鹿は」

 もはや“王”の呼称すら取れてしまった。それだけ、兄は怒っているのだ。

「旗色が悪くなってようやく焦り出したみたいでね。このままいけば、あと半年もつかどうか。でも今更、一度蹴った休戦案を蒸し返すのは沽券に関わるらしい。そこで、小国だけど軍事力はそこそこなうちに目をつけたってわけだ。まったく、忌々しい」

 普通ならそんな見え見えの申し込みなど門前払いするところだが、相手は腐っても一国である。断り方によっては敵視される可能性が高い。

 わかりやすいところでは、国内のリアノに籍をおく商人たちの通行手形の剥奪。国交の制限。国境の警備兵を増援しての、無言の圧力――といった地味な嫌がらせが予想される。思いっきり自国にもしっぺ返しがくるけどな。

 もっともあちらは戦争中なので、そんなことをやっているうちに王都陥落、なんてことになりかねないが。あの馬鹿王がリアノに亡命してきたらどうしよう。

「旗色が悪いことを知られていない今なら、断れないと思ったんだろうね。でも、断っちゃうけどね。うちの諜報力舐めんな!」

「……それで、結婚ですか」

 さすがにアムステルダとはいえ、既婚者を寄越せとは言えないだろう。

 それにこの兄のことだ、あちらがゴリ押ししようものなら、「新婚である彼らを引き裂けとおっしゃるのですか!?」と公の場(他国の大使が出席している夜会等)で叫び、あちらが引き下がらずを得ない状況を作りそうだ。

「病気設定では心許なくてね。断るためには、完璧な理由がほしい。会議で出た最終結論が、結婚だったんだよ。使者がくるのは一週間後だそうだ。ジュリーにはそれまでに結婚してもらうから」

 どうりで会議から戻った上官が、哀れむような視線を向けてきたわけだ。

「わかりましたよ」

 さすがに嫌とは言えない状態だ。しかし、この婚姻に望みを託したアムステルダにしてみれば、絶望的な展開だろうな。自国の情報防衛能力の欠如を恨め。密室で行われたであろう会議が、他国に筒抜けってよっぽどだぞ。

「それで、俺はどなたと結婚すればいいんでしょうね?」

 外見中身ともに平凡な俺でも、王族というだけで甘い汁を吸おうとすり寄ってくる者たちはいる。適当に相手を決めるわけにもいかないし、なによりも選別すること自体が面倒だ。

「ちなみに好きな人やお付き合いしている人は?」

「いませんよ」

「じゃあちょうどよかった。どうせそうなると思って、相手はこっちで選んでおいたから。君の夫となるのは、近衛騎士団のリーガル・ロックだよ」

 兄の声が無情に響いた。選りに選って、近衛一の軟派男かよ。もしかしなくても、華々しすぎる戦歴(男性女性関係)のせいで、なかなか結婚できない男を押しつけられた?

 ……あとで隣国の馬鹿王を暗殺しようと思う。




***END***


 あとがき

 設定だけ並べたお話ですんません。主人公のジュリー君はぴちぴちの十八歳です。相手の軟派な騎士は二十五歳。歳の差ぷまい。

 ちなみに、お兄様としてはもっと真面目なイイ人を紹介したかったのですが、適任が軟派男しかいなかった感じです。

 伯爵家以上の出身で、信頼できて、それなりに弁も立つ。それを短期間で選出するとなると、時間がありません。悪い人間ではありませんので……という、騎士団長の言葉を信じました。

 突然、降って湧いたネタでした。

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