まずは、陣を固めましょう


◆「久し振りに実家に帰ったら、父と兄たちに土下座された件」の続きです。未読の方は、まずそちらからお読みください。




 煙管をくゆらし、煙を吐く。薄荷の香りが鼻腔を抜ける感覚は、気分転換にはもってこいだ。さすが王宮。香り煙草も一級品だ。うちだって、こんないい煙草は置いてない。他にも種類があるようだから、あとで色々と試してみようっと。

「で、いつまでそうしてるつもり?」

 中庭の人払いされた一角で、椅子に座る俺の目の前では、報酬を持ち逃げした元相棒が大絶賛土下座中だった。

 いやぁ、見事な土下座だったよ。友好を深めるという理由でお手紙を出して、断るのは非礼だと思ったのか元相棒、リウル・モルタールはなんの疑いもなくやってきた。人払いをして、日差し避けのヴェールを取った瞬間、土下座である。

 気付かなかったらどうしようと思っていたけど、杞憂だったみたい。さすがに元相棒の顔は覚えていたようだ。今日は化粧してないしね。

「……申しわけ、ない」

「いい加減、頭を上げて椅子に座ってくれる?誰かに見られて困るのは俺なんだけど」

 恐る恐るといった風に、リウルは椅子に座った。久し振りに見る顔をまじまじと観察する。

 リウルは切れ長の瞳が涼しげな、綺麗系の美形だ。氷のような冷たさを思わせる銀色の髪に、透き通るような青い瞳。身長はリウルの方が、俺よりも拳一つ分ほど高い。

 彼もまた、俺と同じソロの冒険者だった。俺は自分の気が向いた時にしか仕事をしなかったので、仲間を募ることはなかったけれど、リウルは何度かパーティーに入ったことがあったらしい。

 しかし、人目を引く容姿と、生真面目な性格のせいで一ヶ月と続かず、結果ソロに落ち着いたそうだ。

 たまたま複数のパーティーに出された合同依頼で知り合って、それから気があった俺たちは何度か一緒に依頼を受けるようになった。その中でも一番、報酬が高い依頼を終えたあと、こいつは報酬金を持って忽然と姿を消した。

 よりによって、俺が正式にパーティーを組まないかと持ちかけようとした矢先のことだった。

「俺が貴族だって知って、驚いた?」

「……ああ」

「俺も驚いたよ。まさかリウルが公爵家の出だったなんて」

 仕草が貴族っぽいな、とは思っていた。冒険者歴は俺よりも浅いリウルは、それを隠す術を知らなかった。名前も普通は偽名を使うのに、本名だったみたいだし。だから余計に、平民がたいはんを占めるパーティーに馴染めなかったのだと思う。

「すまない」

「それはさっきも聞いた。どうして俺が怒ってるのか、わかる?」

「報酬を持ち逃げしたからだろ」

「そうだね。お前を追い掛けて、ボコボコにしようと決意するくらいには怒りで腸が煮えくり返ったよね。でも、それじゃない」

 リウルは困惑げに首を傾げた。

「お前は俺の信頼を裏切った」

 信じていたのだ。リウルがいなくなったあと、なにかの間違いじゃないのかと彼の行方を必死に捜した。

 集めた情報の中に、リウルらしき男が朝一番の馬車で街を出て行く姿を見たというものが幾つかあった。それで報酬を持ち逃げされたのだと、認めざるをえなかったのだ。

「仲間になってくれって言おうと思ってた。もぬけのからになったお前の部屋を見た俺の気持ちがわかるか?」

 はっとして顔を上げたリウル。見る見る間にそれは歪み、込み上げてくる感情を殺すように彼は唇を噛み締めた。それに溜息を一つ。

「まあ、お前のことだから、のっぴきならない事情があったんだとは思うけどさ」

 だから、ボコボコの半殺しにする程度で許してやろうと思ったのだ。

 冒険者ギルドは仲間内でのいざこざにはよほどのことがない限り口を出さないが、重度の犯罪行為は例外だ。

 俺とリウルは正式にパーティーとして登録はしていなかった。その場合、支払いは別々となる。どちらか片方に全額を渡すのは、規則違反。ギルド職員のミスだ。

 落ち度はギルド側にある。訴えれば、持ち逃げされた金額はギルド側が弁償してくれただろう。

 でも、そうなるとリウルは厄介な立場に立たされることになる。ギルド側は自身の面子のために、意地でもリウルを捜し出すだろう。いくら自分たちのミスとはいえ、顔に泥を塗った相手を許すわけがない。

 国に許可を得たギルドには、登録者たちへの処罰権が与えられている。平民なら見せしめのため拷問されたあとで死刑。

 貴族なら、裏から手を回して生家と交渉し、破門という形を取ってから、やはり拷問されたあとで死刑になるだろう。それを取り消すには国王の承認が必要だが、裏から手を回してあるので慈悲は望めない。

「ギルドには報告してないから」

「なんで……俺は、お前を裏切ったんだぞ!?」

「だから、のっぴきならない事情があったんじゃないかと思ったんだよ。お前がモルタール公爵家の出だと聞いて、なんとなくわかっちゃったけどさ」

 モルタール公爵家。公爵家ということもあり、その歴史はとてつもなく古いことで有名だ。しかし、最近は別の意味でその名を馳せている。

“貧乏公爵”

 先代公爵が幾度となく事業に失敗し、借金塗れになってしまったことからつけられた名前だ。

 当代当主が有能なお陰で借金はだいぶ減ったらしいが、それでも資金繰りには苦しんでいると聞く。リウルは家族を大事にしていたようだから、それ以外に理由なんてないはずだ。

「……あの時は、どうかしていたんだ。妹が借金の形に、悪い噂しか聞かない豪商に嫁がされそうになっていて……。一人分の報酬金じゃ足りなかった。どうしても、二人分の報酬金が必要だった。お前に事情を説明して、頭を下げようと思っていた。でも……」

「なるほどね。おちょこちょいな職員が、二人分の報酬金をリウルに渡したことで、魔が差したってわけか」

「ああ。俺は自分のしでかしたことに気付いて、ギルドに出頭しようとした。自分のことはどうでもいい。でも、ギルドはモルタール公爵家に弁済を迫るだろう。だから、どうしてもできなかった……」

「できれば、俺をもうちょっと信用して欲しかったなぁ」

 俺ってば、そんなに信用のない男?それにようやく血色が戻ってきたリウルは、苦笑しながら答えた。

「家の事情を話してしまったら、貴族だとばれてしまうと思って。お前は貴族が嫌いだっただろ?」

「俺が嫌いなのは、権威を笠に着た傲慢な奴らだけですー」

 そっか、とリウルは切なげに笑って、表情を引き締めた。

「どれだけ謝っても許されることではない。俺にできることなら、なんでもすると誓おう。だからどうか、俺に罪を償わせてくれないか」

 相変わらず真面目だなぁ、と俺は溜息をつく。よく今まで誰にも騙されずに生きてこられたものだと感心してしまうほどだ。

 というか、公爵家なんていう陰謀が渦巻きそうなところに産まれて、よくここまで真面目に育ったよね。陰謀を巡らせる余裕がないくらいに貧乏だったのかなぁ。

 だから、俺みたいなのに利用されちゃうんだよ。

「本当になんでもいいの?」

「……俺にできることなら」

「じゃあさ、前に話した、俺のはじめての恋人のこと覚えてる?」

「あ、ああ。妻帯者だということを隠してお前と付き合っていたという、不届き者の話だろう?」

「うん。実はね、最近そいつと再会しちゃったんだ。まだ気付かれてないみたいだから、なんとか逃げられないかなって。ほら、怒り狂ってボコボコにしちゃったから、気まずくてさぁ。だからリウルには協力者になってほしいんだ」

「わかった。そんなことでいいのか?」

「うん」

 よし、言質は取った。俺はリウルの肩を親しげに叩く。いやあ、持つべきものは友達だよね。

「その相手って、国王陛下なんだよね」

「………………は?」

「絶対にばれたくないから。よろしくね〜」

 石像のように固まってしまった元相棒に、俺はにっこりと微笑んだのだった。よし、この調子で協力者を増やしていこう。






***END***




※あとがき

 元相棒君の話が浮かんだので、書いてみました。

 主人公はリウルのことを、なんか事情があったんだろうなと思っていました。ただそれを話してくれなかったことに、怒りを覚えています。

 なので、会ったら本当にボコボコにしようとしてました。それでチャラにしようと。本気で憎んでいたら、ギルドに訴えてます。そうなれば、作中で書いたように最悪のパターンになっていたでしょうね。

 リウルはこれから涙目になりつつ頑張ります(笑)。

 ちなみにリウルが報酬金を持ち逃げしたのは、火竜退治の前です。八つ当たり気味に火竜と戦って、ギリギリで勝ちました。なので元相棒は主人公がS級になったとは知りません。リウルは主人公と同じB級でした。

 実力は主人公が上。主人公は限りなくAに近いB級で、リウルは中間くらい。とはいえ、リウルは後方支援をしつつ攻撃するのが得意なので、S級のパーティーに入れるだけの実力はあります。主人公はバリバリのアタッカー。攻撃は最大の防御です。

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