魔王と勇者・2


◇「魔王と勇者」の続き。前世、魔族領で宰相をしていた魔族さん視点。
※残酷描写があるのでお気をつけください。




 生徒会室は怒号と悲鳴に満ちていた。

 風紀委員長を抱き締める生徒会長。委員長を助けようと奮闘する風紀委員と、それを阻止しようと涙目で抵抗する生徒会役員。副会長なんて、椅子を盾代わりに必死だ。

 どうしてこんなことになったのか。前世の記憶持ちで実は勇者だった会長が、同じく記憶持ちで実は魔王だった委員長と邂逅して、激情赴くがままに抱き締めちゃったという、ただそれだけのことなんだけどね。

 委員長は会長のせいで死んだようなものなんだけど、そこはあんまり気にしてないみたい。抱き締められながら、幸せそうにへらへら笑ってるし。

 穏やかなのはその二人だけで、あとは泣く子も押し黙ってガクガク震えるんじゃないかってくらいの乱闘が繰り広げられている。

 記憶を持っているのは、会長たちと俺の三人だけだと思っていたんだけど、忘れていても魂はきちんと覚えているものなんだね。

 風紀副委員長なんて人でも殺しそうな形相だし、矢守(やもり)も口から炎を吹きそうなくらい荒れ荒れだ。

 それに、生徒会役員も。逃げてもいいのに、必死になって会長を守ってる。魔王陛下の部下だった僕としては、風紀委員に肩入れしてもいいんだけど……僕は知って――いや、覚えているからね。

 魔王陛下が亡くなったあと、なにがあったのか。

 陛下が命を賭して救った勇者を殺させるわけにはいかないと、僕はみんなを説得して彼を人族領の近くまで送り届けた。

 陛下が死ぬと、どういう作用かは知らないけど、それを人族の神官たちは察知できるみたい。人族領ではお祭り騒ぎみたいなことになって、彼は魔王を倒した勇者として崇められるようになった。

 それでお話が終われば、美談のままだったんだけどね。

 身分の低い女性から産まれた勇者は、王族でありながら周囲の者たちから嫌われていた。でも、救国の英雄になってしまったわけだから、形だけでも敬わなければならない。なにより魔王を倒すほどの実力の持ち主だ。

 機嫌を損ねるわけにはいかないと、今まで彼を蔑んでいた者たちは掌を返すような態度で接した。

 勇者はどうでもよかったみたいだ。陛下が亡くなったその瞬間、彼の魂もまた、壊れてしまったかのように見えた。

 その瞳には様々な光景が映っているにもかかわらず、すべて素通りしているような。まだ陛下に戦いを挑んで来た時の方が、生きている人間のように見えたね。

 でも、心を失ってしまった勇者にも、たった一つだけ許せないことがあった。

 陛下の悪口だ。勇者の前でそれを口にした男は、目にも留まらぬ速さで首を刎ねられた。勇者にとって、たとえそれが一国の王――血の繋がった父親だったとしても、一瞬の躊躇いすら感じなかったみたいだね。

 それから一転して、国賊となってしまった勇者は、人族領と魔族領の境で暮らすようになった。

 陛下が亡くなったことで混乱している魔族領に、このチャンスを逃すなとばかりに攻めて来ようとする人族たちを阻止するためだ。魔族が傷ついたら、民を愛していた陛下が悲しむだろうから、と。

 だから僕らは、勇者を憎めなかった。もちろん好きか嫌いかと言われれば嫌いだけど、陛下が命を賭して守った相手だ。邪険になんてできるはずがない。

 勇者に救われた人族もいた。国王が死んだあと、そいつの悪辣な趣味で後宮に召し上げられていた少年少女たちはみんな親元に返された。

 勇者が住み着いた土地は王族に連なる大貴族が納めている領地で、悪政に苦しめられていた領民たちは、彼がその大貴族を追い出してくれたお陰で普通の生活が送れるようになった。

 たったの一人も逃げることなく、自分たちが作った作物や育てた家畜を献上し、国中から国賊と恐れられた彼を最後まで勇者として崇めていた。

 勇者がその地に住み着いてから、皮肉にも街には人が集まり以前とは比べものにならないほどの発展を遂げることになる。

 生徒会役員は、その恩知を受けた者たちなのだろう。だから、必死に彼を守ろうとする。

 かつて老衰で動けなくなった勇者を殺すため派遣された各国の軍に、命懸けで対抗していた領民たちのように。生まれ変わっても、その本質は変わらない。そのことに、笑みが漏れる。

「そこまで。そろそろ落ち着いてください」

 ぱん、と両手で音を鳴らして、注目を集める。にっこりと微笑めば、生徒会室はようやく静けさを取り戻した。

 その中、僕は相変わらず別世界を作り上げている二人に歩み寄る。彼らをなんとかしないと、また騒ぎが勃発しかねないからね。

「古館君。龍星を離してもらってもいいかな?」

「あ、兄ちゃん」

 会長、古館湖衣(ふるだて・こい)に抱き締められていた委員長、佐野龍星(さの・りゅうせい)が僕を見て満面の笑みを浮かべる。

“兄ちゃん”と呼ばれるように、彼は僕・佐野静歌(しずか)の弟として産まれた。いやあ、病院で対面した時は思わず号泣しちゃったよ。今でも親戚中で語り継がれる黒歴史だ。

 前世を覚えてはいるようだけど、部下たちまで転生していることには気付いていないようだ。もしかしたら、はっきりと昔を覚えているわけではないのかもしれない。

 だから、僕は自分のことを告げなかった。前世はあくまでも前世。今は佐野龍星として生きてもらいたいからね。

「佐野先生……」

 古館が憎々しげな視線を僕に向ける。刃向かわないのは、前世で僕が勇者の師匠だったから。陛下亡きあと、力はあってもひよっこだった彼を見るに見かねて、ついつい手ほどきしちゃったんだよね。

 そのせいもあって、生まれ変わっても頭が上がらないようだ。彼も記憶自体は曖昧なのかな。僕に強く出られないくせに、理由まではわかっていないみたいだ。

「顔合わせは、また別の日にした方がいいかな?」

「兄ちゃん、兄ちゃん」

「ん?」

「生徒会のせんせー踏んでるよー」

「ああ、どうりで床がぐにゃぐにゃすると思った」

 床に伸びていたのは、生徒会顧問――前世では、勇者を輩出した国の宰相を務めていた男だった。

 もっともこの男はドがつくほどの真面目で、あの国唯一の良心でもあった。孤軍奮闘ではあったけど、なかなか頑張っていたみたいだね。

 魔王討伐を命じられた勇者にも、「そのまま逃げてしまえ」とこっそり助言してたみたいだし。やけっぱちだった勇者は、そのまま馬鹿正直に魔王討伐に行ってしまったんだけど。

「佐野先生、そういえば生徒会顧問に求愛されているそうですね。やるぅ」

「ははは。きっと春先で、頭がおかしくなっていたんだろうね」

 矢守のいらない情報を一刀両断して、僕の腕にぎゅっと抱きついてきた龍星の頭を撫でる。ついでに、生徒会顧問の背中を念入りに踏んでおく。

 ちなみに彼は、乱闘を止めようとして足を滑らせ気絶するという、見事なうっかりぶりを見せつけてくれた。こいつのうっかりぶりは、生まれ変わっても治らないらしい。

「さて、どうする風紀委員長?」と、腕にへばりついている弟を見れば、彼は小首を傾げたあと、「んー、面倒だからこのまま顔合わせしちゃおうよー」と告げた。ふむ。ならば、まずはこの部屋の片付けからはじめないと。

「というわけで、乱闘したら容赦なく廊下に放り出すからねー。ついでにこいつも廊下に出しといて。俺の兄ちゃんにくっつく悪い虫みたいだから。あと、やっちゃんはそういう情報を手に入れたら、すぐ俺に報告することー」

 小さい頃からでろでろに甘やかしたら、弟はいつの間にかブラコンになっていた。可愛いので後悔はしていない。こちらを睨みつける古館の視線だってへっちゃらだ。


 僕の大切な魔王様。

 どうか、今世は幸せに――なれるよう、間近で見守っているからね。




***END***




◇あとがき

 ネタが降ってきたので書いてみた。

 主人公の名前は、佐野静歌(さの・しずか)。女の子っぽい響きがコンプレックス。前世は魔族領で宰相をしてました。種族までは考えてないけど、おっきな角のある羊さんみたいなのがいいな。執事さんぽいの。

 それと、国王のアッー!があったので、念のため残酷描写注意の警告を入れさせてもらいました。

 勇者の国(ぶっちゃけ独立国扱い)に押し寄せてきた各国の連合軍は、魔族軍の助太刀により壊滅しました。勇者が亡くなったあと、その独立国は魔族と人族が共存する国に生まれ変わります。

 王政ではなく、民主制かな。元領民だけでなく、勇者のおかげでお家に帰れた少年少女たちが移住したり、迫害を受けていた魔族と人族のハーフが移住したりと、あちらこちらから人が集まって来ました。

 そして、なぜか唐突に生まれてしまった、生徒会顧問(とある国の宰相)×風紀委員会顧問(魔族領宰相)。美味しいと思います。

 あと、風紀副委員長(魔王軍1)×副会長(後宮美少年)も美味しい。風紀副委員長はキメラ系がいいなぁ。ちなみにやっちゃんは火竜。

 話が広がる……ので、このあたりで終わります(笑)。


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