魔王と勇者
◇勇者×魔王の学園転生モノ。
俺は魔王。君は勇者。
魔王は勇者に殺されて、世界に平和がもたらされた――?
最後はよく覚えていない。魔力が暴走した勇者を押さえつけるのに必死で、自分でも気付かないうちに死んでしまったのだろう。
部下たちはどうしたのかな。
俺が負けたせいで、みんな人間に虐げられてなきゃいいけれど。
俺が命を賭けて救った勇者は、幸せになったのかな。今にも泣きそうな顔で俺に向かって来た勇者。ねぇ、どうしてそんなに苦しそうな顔をしてるの?辛いことでもあったの?
でも、魔王を退治した勇者として凱旋するんだから、みんなに温かく迎えられるよね。それなら、幸せになれたんじゃないかな。
「――ちょう、委員長。聞いてるんですか!」
「んー、んん?あー……ちゃんと聞いてたよ」
白昼夢ってやつかな。珍しい。前世かどうかは不明だけど、うつらうつらしながらよく見る夢を見ていたみたいだ。風紀委員内会議の進行をしていたやっちゃんが疑り深い眼差しでこっちを見る。
「聞いてたよ。あれでしょ。明日の放課後に生徒会との顔合わせがありますよって話」
「ぼんやりしてたくせに、聞いてはいたんですね」
「やっちゃんたら、しんらつー」
「甘ったるい喋り方をしないでください誘ってるんですか襲いますよ」
ノンブレス。やっちゃんの目がギラッて光った。やばいやばい。乗っかられてしまう。俺は降参とばかりに両手をあげて、助けを求めるように室内を見回した。カラフルな頭をした風紀委員たちが、苦笑しながらこっちを見てる。
うーん、やっぱり俺が風紀委員長なんて、いまいちしっくりこないなぁ。うちの学園の伝統で、風紀委員長はFクラスで一番強い生徒が勤めることになっている。
学年無視で行われた乱闘の結果、二年なのに俺が委員長になっちゃったわけ。一年の時は盲腸炎になって入院してたから、風紀委員長を決める乱闘には混ざらなかったんだよねぇ。
「楽しかったよねぇ。もう一回やりたいなぁ」
来年と言わずに、月一で開催してもいいくらいだ。俺の言葉の意味がわかったのか、半数の生徒が顔を青ざめさせて、もう半数の生徒がわくわく顔で賛同した。
大丈夫。ちゃんと有志のみでのガチンコ勝負にするから。
「委員長に入れられた肋骨のヒビが治っていないので、勝負するなら一ヶ月後にしてください。参加したいんで」
「やっちゃんはクールビューティーな眼鏡さんなのに、顔に似合わず好戦的だよね」
俺も人のことは言えないけど、やっちゃんほどではないと思う。あ、今まで自分は関係ありませんって感じで居眠りしてた副委員長が悪そうな顔で笑ってる。みんな血気盛んだねぇ。
やれやれと肩を竦め、俺は手元の資料を捲った。
「そういえば、生徒会長ってどんな奴?」
「知らないんですか?」
「全校集会系はサボりが基本だから、見たことないんだよねぇ。確か、一年の時から会長を務めてるスーパーマンなんでしょ?」
「優秀な生徒ではありますよ。私の好みではありませんが」
まあ、どうせ明日会えるんだからいいか。
気のない返事をして、俺は窓から空を見た。魔王として死んで、ただの人間に生まれ変わった俺。
よくわかんない前世なんて忘れようとは思うけど、どうしてもあの泣きそうな顔で俺に向かってきた勇者の顔が忘れられない。
もう一度、彼に出会えたなら。
幸せそうに笑ってほしいな、なんて、ガラにもないことを考えている。
俺は勇者。お前は魔王。
殺そうとした。でも、反対に救われた。
長子だが身分の低い側室の子だった俺は、厄介者扱いされた結果、魔王討伐を命じられた。命令に背いたら死。負けたら死。あまりにも分の悪い賭け。
魔力が暴走して、ああ、こりゃだめだって思った。それを押さえつけてくれたのは、お前。気付けば魔王は死んでいた。
俺は魔王を討伐した勇者になった。
でも、虚しいんだ。
世界は平和になったというけれど、飢えに苦しむ民は減らない。暴虐の限りを尽くす貴族も減らない。魔王が消えたというのに、怨嗟の声が消えることはない。
なあ、平和な世界ってなんだろうな?
「――ちょう、会長。ちゃんと聞いてる?」
「ああ。風紀との顔合わせのことだったな」
どうやら、少しばかり遙か昔――世界さえ跨いだ――に思いを馳せていたようだ。不機嫌そうな副会長に、話を聞いていた風を装って適当に答える。
「風紀との顔合わせが嫌なのはわかるが、八つ当たりはするなよ」
「殴り合いでトップを決める野蛮な奴らだよ?不機嫌にもなるよ」
ぐちぐちと文句を言い募る副会長に、俺は溜息をついた。室内にいる書記や会計、補佐たちが気まずそうに小さくなっている。話題を変えるべきか。
「そういえば、風紀委員長は去年と違うみたいだな」
「あの男が負け、副委員長になったみたいだね。信じられないけど」
去年の風紀委員長は、まさに百獣の王と呼ぶに相応しい男だった。圧倒的なカリスマで、癖のある風紀委員たちを従えていた。
今年も三年になる彼が引き続き委員長の座につくものと思っていたが、意外なことに番狂わせがあったらしい。あの男が膝をついた相手……。
「どんな男だろうな」
呟いて、意識を窓の外に向ける。気にはなったが、ただそれだけだった。俺の興味を引くほどのものでもない。
視界を埋めるのは、澄み渡るほどの青空。魔王城に単騎で乗り込んだ時も、あんな空が広がっていたように思う。
前世とは違い、俺は今世で驚くほど平和で穏やかな国に産まれた。家族にも友人にも恵まれている。
でも、瞼を閉じれば、お前――魔王の姿が鮮やかに蘇る。大丈夫だよ。そう言って、魔力の暴走に翻弄される俺を抱き締めてくれた。
あの世界でただ一人。母にさえ疎まれた俺を、自らの命を賭して救ってくれた。
なあ。
お前だったら、俺を愛してくれただろうか。
もし、また彼に出会えるのなら。
この腕に閉じ込めて、愛していると囁きたい。
(魔王と勇者が再び交差するまで、あと一日)
***END***
◇あとがき
溺愛系男前元勇者×ゆるふわチャラ男元魔王、でした!
出会った瞬間に会長は委員長に愛を囁いて、委員長は勇者が笑ったぁとご満悦。そして、一斉に殺気立つ周囲。←
委員長は部下たちに溺愛されているので、打倒会長の会が発足されます。
一応、やっちゃんと副委員長さんも前世からのお付き合い。二人とも魔王の部下でした。記憶はあってもなくてもいいと思う。
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