とりかえっこ


◇失恋後、入れ換えファンタジー。チャラっぽい主人公。攻めは出てこない……。






 大好きで、大好きで、どうしようもないくらい大好きな人がいた。

 猛アタックの末、ようやく恋人にしてもらえて、その日は嬉しさのあまり眠れなかった。

 手を繋いで、キスをして、一月後には体を重ねて――ずっと、ずっと、この幸せが続けばいいのにって、祈るような思いで毎日を過ごした。

 終わりがきたのは、半年後のこと。

「初恋の相手ってやつ?子供の頃に離れ離れになって、ずっと捜してたんだってさ。それが恋心なのかどうかわからなかったけど、再会して確信したんだって。やっぱり、好きだって。だから、別れて欲しいって言われた」

『ふうん。同時期に失恋って、魂が似てるとそこまで同じもんなのかねぇ』

「不思議だよね」

 真っ白な空間。髪型や服装は違うけど、そっくりな自分が目の前に座っている。理由はわからないけど、俺の夢と彼の夢がリンクしてしまったらしい。話をすると、まったく別の世界で暮らしていることがわかった。

 疑問はない。もう一人の自分を見た瞬間、ああ、そういうことかってなんの根拠もなく納得した。

 彼はもう一人の自分。双子よりも近く、でも、けっして同一にはならない、そんな相手。

『じゃあさ、取り替えてみないか?』

「なにを?」

『俺たち』

「俺が君の世界に行って、君が俺の世界に来るってこと?」

『魂だけな。さすがに肉体までは移動できないだろうし』

「そんなこと、できるの?」

『この部屋に入ってきた扉があるだろ』

 彼の後ろと、それから俺の後ろに、なんの変哲もない扉があった。そうだ。確かに、俺はそこから入ってきた。別の扉から出れば、魂が交換できるってことか。

『忘れたいんだろ?』

 彼の言葉に言葉を詰まらせた。忘れたい。死を願ってしまうほど、俺は恋人を愛していた。はっとして、彼を見る。想像通り、苦笑が返ってきた。

『俺も忘れたい。もう二度と会うことがなきゃ、忘れられるかもしれないだろ。まあ、それくらいしないと忘れられない気もするし。それに、あいつの顔を見たら、なにするかわかんねぇんだよ』

 静かに涙を零す彼。きっと、俺も泣いていることだろう。俺だって、恋人の姿を見たら――愛しげに初恋の相手と会話するあの人を見たら、平静でいられる自信はない。

「わかった。魂を交換しよう」

『俺がいうのもなんだけど、二度と家族や友達に会えないぞ』

「うん……。それでも、俺はあの世界で生きることが耐えられない」

『……そうだな』

 口調は違うけど、思考回路はそっくりだから相手のことはよくわかる。自分が死ぬか、彼らのどちらかを殺すか――。どちらにせよ、悲しい結末しかないのだ。

「君が好きだったのは、どんな人?」

『くそ真面目な堅物』

「こっちは、傍若無人な俺様」

 うーん、好きな人はちょっと違ったみたいだ。俺たちは互いの顔を見て、笑いあった。

『記憶の継承ができなかったら、色々と困ることになりそうだな』

「そういう時は、記憶喪失になった振りをすればいいんだよ」

『なるほど』

 それから俺たちは色んな話をした。家族のこと、友達のこと。しばらくして、白い空間が薄れ始める。夢が終わるのだろう。

 ぎゅっとお互いを抱き締めて、俺たちは入ってきた時の扉とは別の扉を開ける。振り返ると、彼も振り返ったところだった。

『じゃあな。幸せになれよ』

「うん。君も、幸せになってね」

 また会えるかもしれないし、もう二度と会えないかもしれない。でも、不思議と悲しみはなかった。

 世界を隔てていても、俺たちは常に寄り添っているような感覚だったから。彼の幸せを祈りながら、俺はそっと扉を閉めた。




 目を開ければ、知らない天井が見えた。

 ……いや、知ってる。

 怒濤の如く、記憶が頭に流れ出す。どうやら、記憶喪失の振りはしなくてもよさそうだ。背中にはベッドの感触。

 しばらくの間、じっと記憶の奔流に耐える。どれくらい経ったかわからないけど、俺はゆっくりと体を起こした。

 ラウル・ゼウシス。それが彼――俺の名前。

「うーん、まさか剣と魔法の世界だったとは……」

 記憶があってよかった。ラブリーなウサギちゃんが、実は凶悪なモンスターだったりするんだよ、この世界。確かに記憶がないと困るよね。主に俺が。

 立ち上がって、傍にあった姿見を覗き込む。金色の癖っ毛は短髪のせいでいたるところがうねってる。瞳はまさかの紫。身長は同じだけど……ううむ、筋肉量はこっちの方が上か。慣れるまでちょっと掛かりそう。

「俺、髪は伸ばした方が好きなんだよね」

 人に髪をいじられるのが好きじゃないから、肩くらいまで伸ばして、あとは自分で切ってたんだよね。記憶を辿れば、彼も同じだった。ただこっちは、風魔法で切ってたみたい。なにそれ便利。でも、伸ばしちゃおっと。

「まずは、腹ごしらえしますか」

 失恋のショックで、食事を取っていなかったらしい。腹が痛い。ものすごく痛い。そんなわけで、俺は食堂へと向かうのだった。





***END***




◇あとがき

 設定だけ思いついたので書いてみた。

 一応、元恋人とよりを戻さず、それぞれ新しい人を見つけて幸せになります。相手は考えてない……本当に思いつきで書いちゃっただけなんですよ。

 主人公の名前は、周東宰(すどう・つかさ)と言います。

 宰は「魔法超楽しい!」と騎士団に入り、ラウルは「科学超すげぇ!」と研究者の道に進みました。ノリは基本的に一緒な二人。


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