堪忍袋の緒も切れた


◇浮気×健気、と思いきや……?大学生設定。




「――というわけだ。お前はもう恋人じゃねぇから」

 その瞬間、僕の堪忍袋の緒が切れた。

 目の前でにやにやと、意地の悪い笑みを浮かべているのは僕の幼馴染みだ。その隣……というか、右腕にべったりとへばりついているのが、どうやら彼の新しい恋人らしい。彼好みの、蠱惑的な雰囲気を漂わせている青年だ。

 ここは僕たちが通っている大学の正門前。近隣の男子校からの進学率が高いため、同性愛にも比較的寛容だ。女子の数が男子の半分にも満たないというのも理由の一つだろう。

 なので、学生の大半はこちらを面白そうにちらちらと眺めるくらいで、嫌悪の表情を浮かべている者は今のところ見当たらない。目立つけど、結果的に困るのは僕じゃないので構わずに続けさせてもらおう。

「えっと、恋人ってなんのこと?僕たち、ただの幼馴染みだよね?」

 なに言ってるのかわかりません、といった感じに首を傾げる。ちょっと眉を寄せて、困惑気味であることをアピールするのがポイントだ。それに幼馴染みは訝しげに告げる。

「一年前に付き合えって言っただろうが!」

「……あ、もしかして、それって恋人として付き合えってことだったの?どこかに一緒に行ってほしいのかと思った。でも、恋人らしいことをちっともしてこなかったから、僕が誤解するのもむりないよね」

 ごめんね、勘違いさせちゃって、と僕はしおらしく謝罪する。もちろん、「付き合え」と言われたことは覚えている。そういう意味なんだろうな、ってことも。

 当時の僕は、あまりにも唐突な発言にぽかーんとした。そしたら、勝手に了承したと受け取ったみたいだ。

 訂正するのは面倒だったし、断るのはキスやセックスを求められた時でいっかー、と思ってたんだよね。ところが、こいつはキスどころか手を握る素振りすらない。たぶん、その場のノリだったのだろう。

 てっきり忘れているのだと思って、僕もすっかり頭の隅に追いやってたよ。そういえば、そんなこともあったなぁ、っていう程度である。

 しかし、幼馴染みは納得がいかないようだ。僕が強がりで知らなかった振りをしていると考えているらしい。

「よくメシを作りに来てただろうが!いつも冷蔵庫に入ってたやつは、俺の好物ばっかりだった。あれは、お前しか知らないことだ」

 そうだね。確かに、一人暮らしをしている幼馴染みの冷蔵庫にせっせと料理を詰めてあげたよ。でもね、それを作ったのが僕だと誰が言ったの?

「あれは、おばさんに頼まれて、おばさんの手料理を持って行ってあげただけだよ。君の母親なんだから好物がわかるのは当然だよね。あ、合い鍵はその都度、おばさんに借りたから」

 ちなみに僕は自宅通学だ。幼馴染みのマンションは大学のすぐそばなので、ちょっと寄って冷蔵庫に料理をぶち込むことくらい手間でもないでもない。

 なにも言わなかったから、僕が作ったと勘違いするのもしかたないけどね。ちなみに、おばさんからはお駄賃として、高級クッキーの詰め合わせなどを定期的にいただいている。

「俺がやった合い鍵はどうしたんだよ」

「幼馴染みとはいえ、他人に鍵を預けるなんて不用心じゃないか。君に返したらなくしそうだったんで、おばさんに預かっててもらったんだよ」

「だ、だったら、いったい誰が部屋の掃除をしてたんだ!」

 幼馴染みは、次々と発覚する事実を受け止めきれていないようで、周りの目がどんどんと痛い子を見るような色に変わっていることにも気付かない。

 いくら美形でも、あれはねぇ、とこれ見よがしな声も聞こえた。あ、恋人さんは気付いてるみたい。頬が引き攣ってるし。

「おばさんから聞いてなかったの?ほら、君って高校の時も、部屋の掃除は母親任せだっただろ。だから、片付けができない君を心配して、おばさんが業者に頼んだんだよ」

 ハウスクリーニングは、だいたい週一で幼馴染みの部屋に入っている。もちろん、幼馴染みが大学に行っている間だ。

 ハウスクリーニングの人は部屋の主と遭遇しないように、在宅かを確認して入っていたから、今まで鉢合わせすることもなかったようだ。昼間はだいたい大学だしね。

 そして、この僕の一言には、重大な事実も含まれている。案の定、幼馴染みは顔を真っ青にした。

「え、高校の時も、俺の部屋を掃除してたのは、お前だったんじゃ……」

「まさか。どうして幼馴染みの部屋を掃除しなきゃいけないのさ」

 僕は知っている。こいつは僕が自分の部屋を掃除していると勘違いしていたことを。だから、あんなに堂々とエロ本を目のつく場所に置いていたんだろうね。

 でも、残念。あれを本棚にしまっていたのは僕じゃなくておばさんなんだよ。聞かれなかったから訂正しなかったけどさ。

「息子がこんな本を読んでるんだけど……」と、相談してきたおばさんには、「思春期の男の子は、むしろ持ってない方がおかしいですよ。僕は恥ずかしいから見られないけど」といい子ぶりっ子しておいた。

 おばさんはおじさんにも相談していたようで、「そういえば、あの人も似たようなことを言ってたわ」と、安心したように笑っていた。よかったね、親子関係に亀裂が入らなくて。

 部屋にあったエロ本を母親に見られていたとか、僕だったら死にたくなるね。集まっていたギャラリー(男子限定)も、同情するような視線を幼馴染みに向けている。さて、そろそろフィナーレだ。

「なんか勘違いさせちゃって、ごめんね。でも、恋人さんができたんなら問題ないよね。こうして誤解もきれいさっぱり解けたことだし」

 にっこりと微笑んだ時だった。視界の端に見覚えのある顔が映る。うん、ナイスタイミング。もともと待ち合わせしていたから、そろそろ来る頃だとは思ってたけど。

 その人物は僕の隣に並ぶと、親しげに肩を掴んできた。幼馴染みの顔が青を通り越して、真っ白になる。

「そのうち紹介しようと思ってたんだけど、僕も付き合ってる人がいるんだ」

「初めまして、幼馴染み君」

 ざわざわ、と周囲が騒がしくなった。それもそのはず。僕の彼氏は大学でも知らない人はいないといわれているくらいの有名人だ。

 モデルも裸足で逃げ出すほどの美形さんで、学生にもかかわらず、二十歳になったと同時に起業、一年足らずで成功を収めたという華々しい経歴の持ち主でもある。

「僕が大学を卒業したら、アメリカに渡って結婚する予定なんだ。じゃあ、そういうわけだから。君も恋人さんとお幸せに」

 そう告げて、僕は恋人と一緒に歩き出した。人気がなくなってから、恋人が不満げに話し掛けてくる。

「もっと徹底的にやった方がよかったんじゃないか?」

「まあ、腐っても幼馴染みだからね。それなりに情はあるんだよ。あと、怪我したり、引き籠もりになっちゃったりしたら、おばさんたちに悪いから」

 あいつは昔から、幼馴染みだからって僕を下僕のように扱き使うし、自分に好意を持ってるってよくわかんない勘違いまでするし、迷惑ばかり掛けられてきた。

 でも、わがまま大王な幼馴染みだったけど、嫌いではなかったんだ。できの悪い弟のような感じかな。恋人的には生温いお仕置き方法だったみたいだけどね。

 今まで溜めてきた鬱憤を晴らせたので、気分も爽快だ。あー、すっきりした。




***END***




◇あとがき

 幼馴染みorz(笑)

 浮気(思い込み)→→/越えられない壁/→→健気(ではなかった。すでに恋人有)が、真相です。付き合っていると思っていたのは幼馴染みだけでした。

 幼馴染み君はちゃんと主人公のことが好きでした。そこは普通の浮気攻めと同じ。でも、フラれた挙げ句、「マザコンはちょっと……」と恋人にもフラれ、周囲の者からは、「あいつマザコンらしいぜ」「エロ本を母ちゃんに片付けてもらってたんだってさ」「勘違い乙!」と噂され続けます。自業自得とはいえ不憫。

 しかし、エロ本を薄い本に置き換えると、ほんとぞっとしますね!

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