天国と地獄


※アンチ王道君のせいでとばっちりを受けていた脇役平凡主人公が、姉妹校に編入する話。恋愛要素皆無。



 思い返してみても、あの生活は地獄だった。地獄と言わずになんと言えばいいのか。

 俺の名前は加宮優斗(かみや・ゆうと)。全寮制の男子高で、ゲイやバイがわさわさいる学園で平穏な学生生活を送っていた。それが崩れたのは、時季外れの編入生がやってきてからだった。

 マリモに檄似の編入生は、あろうことか親衛隊持ちの美形どもを片っ端から落としていった。んで、同室だった俺にも制裁のおこぼれが。まじで死ぬかと思った。

 でも、俺は運がよかった。編入生が来る数日前に、姉妹校への交換留学が決まっていたからだ。ちなみに、交換でこっちに来る予定だった生徒は、持病が悪化して入院。留年することが決まったので、俺だけがあちらに行くことに。

 半月の我慢だと自分に言い聞かせ、俺は耐えに耐えた。そして、交換留学のことを誰にも漏らさず(マリモのわがままで立ち消えにされる恐れがあったからだ)、俺は自由の新天地へと羽ばたいた。

「――ってわけだ」

「大変だったんだねぇ」

 じみじみとした口調で相槌を打つのは、留学先の紅学園で同室になった友人、岬楓(みさき・かえで)である。

 きれい系で親衛隊もあるそうだが、制裁されるどころか俺に対してめちゃくちゃ親切にしてくれた。わからないことがあったら楓君に訊いたらいいよー、と親衛隊長に言われた時は自分の耳を疑ったからな。

「だいたいさぁ、ありえなくね?初対面で、笑顔を否定されて惚れるって」

「ないよねぇ。俺だったら捨ててくよ。顔を合わせても謝罪するまで無視すると思う」

 ちなみに、楓は副会長をやっている。一人部屋じゃないの?って聞いたら、一人部屋は三年からだよ、と平然と返されてしまった。

 ちなみに、生徒会はきっちりと選挙を行って決めるらしい。楓は生徒会の仕事に興味があったから立候補したそうだ。あっちなんて抱きたい抱かれたいランキングを元にしてますがなにか?

「セフレを否定された会計は、寂しいなら一緒にいてやる発言に感動してるしさー。友達いなかったのか……って、ちょっと同情した。セフレたくさん友達ゼロって虚しいよな」

「俺はセフレがいるっていう時点でアウトかなぁ。恋人がいないなら、AV観て自家発電しなさいって叱りそう」

 新しい友人は外見に反して、なかなかに男前である。

「あとさ、会長。キスかまして殴られたのに、ニヤニヤするってありえなくね?」

「……その人、マゾヒスト?」

「どうだろ。俺のことはよく殴ってきたから、Sなんじゃないの?」

「……そういうこと、さらっと言わないの。なんか、すごく嫌」

 くしゃくしゃっと髪を乱されてしまった。あー、ほんといい奴と同室になったよなぁ。

「悪い。ごめんな」

「いいよ。で、あとは双子と書記だっけ?」

「そうそう。見分けられて喜んでる双子と、自分の言いたいことを理解してくれたって喜んでる無口書記」

「まず、双子は髪型を変えるべきだよね。見分けて欲しいなら。書記は……学園を出てから大変そうだねぇ。対人関係に悩んで引き籠りになりそう」

「あ、それは俺も思った。他にも、生徒を食ってたホスト教師や、被害妄想の激しい爽やか君とか、キレやすい不良もいてさー」

「どうしてその教師は懲戒免職にならないの……?」

 楓は眉を寄せて首を傾げていた。ああ、これが普通の感覚なんだよなぁ……。

「まあ、とりあえず話してくれてありがとう。嫌なことを思い出させちゃってごめんね」

「んー、平気。今が幸せだからさー。楓は、この話を理事会に報告しなきゃいけないんだしさ」

 俺はただ同室者に愚痴を零していたわけではない。あっちの学園で退学者が続出したことを受け、こっちの学園の理事会が情報を集めていたらしい。曰く、そんな学園と友好関係を保ってると知れたら、うちの看板にも傷がつく、と。

 それで、たまたま交換留学でこっちにやってきた俺に、情報源として白羽の矢が立てられたというわけだ。できるだけ客観的に話したつもりなんだけど、愚痴っぽくなったかもなぁ……。

「優斗はあんな学園に戻らなくていいからね。正式にこっちに籍を移れるよう交渉するから」

「本当にいいのか?あいつらはえげつないから、平気で親の権力を使ってくるぞ?」

「むしろ望むところだよ」

 そういえば、こいつの実家はかなりの資産家らしい。親衛隊情報だけど。満面の笑みを浮かべるけど、眼だけが笑っていない。

 俺の話を聞いて、途中で怒りのあまりシャープペンを五本も折ってたからな……。四本目からは、しかたなく俺のを貸してやった。っていうか、シャープペンって折れるもんなの?

「じゃあ、これを理事会に提出してくるね。一応、生徒会の役員や風紀委員の目にも触れることになるけど……」

「いいよ。気にすんなって」

 本当はものすごく嫌だったけど、楓に申しわけなさそうな顔をしてほしくなくて俺はむりに笑った。

「夕飯までには戻れると思うから、一緒に食べようね」

「おー。俺が飢え死にする前に帰ってこいよー」

 仕事熱心な友人を見送って、俺は部屋の整理でもするかと立ち上がった。ここにきてから数日は気力が尽きたのか、荷解きすらできなかったからなぁ。まだ、段ボールが積み上がってる状態でもある。

「さて、やりますかー」

 あっちにいた時からは考えられないくらい明るい声を出し、俺は荷解きにかかるのだった。




***END***


あとがき

 制裁を受けていた脇役君が新天地で幸せになる話です。

 誰かとくっつくかは不明です。ちなみに主人公は芸術特待生で、交換留学の期間は半年でした。

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