50:50にはならない
今日は一日中フリーだった。というのもファルコン号のメンテナンスを本腰入れてやりたいとセッツァーが言い出し、ナルシェの炭鉱散策を終えてそのまま寝ずにエンジンルームに篭ってしまったからだ。「立入禁止」の紙が貼られてしまっては仕方がない。過去にこの状態でエンジンを始動させたら、「俺をミートボールにするつもりか!?」と伝声管からセッツァーの声を聞いたロックの鼓膜が破れかけたことがある。つまり、この扉の奥で何をどうしているのかわからない以上、動かす事は不可能である。
その日の行動は三十路の壁をもって分断された。セッツァー以外の三十路以下は雪合戦やらカマクラ製作やらを、モグとウーマロに教わりながらやってみたいと朝早くから外へ出て行った。三十路以上と年齢不詳のゴゴは飛空艇に待機し、時折窓越しから聞こえる歓声を聞いていた。
その日の夜である。
若い衆もぽつりぽつり飛空艇へと戻り、広間で暖を取っていた中、エンジンルームからセッツァーがやっと顔を出した。寝不足とニコチン不足でげっそりした顔をしていたが、煙草を口に咥えると、ふとした事を言い出した。
「おい。一匹足りなくねぇか?」
「なんだよ、突然。一匹って?」
「ガキが一匹……リルムが居ねぇ」
聞いた全員の動作が止まった。
時刻は20時を回っているが、リルムは22時就寝まで広間にいつも居座って、談笑やらデッサンやらしている事が多い。
そんなリルムが、居ない。
「部屋で寝てるんじゃないか? すっごいはしゃぎ様だったし」
マッシュが言うと、外に出ていたメンバー全員が頷いた。彼女にとって氷雪は芸術対象らしく、雪像製作に精を出していた。おかげで3mのチョコボ像が外にある。
一応確認するゾイ、と行ったストラゴスだったが、暫くすると血相を変えて戻って来た。
「お、おらんゾイ!?」
「なに!?」
異口同音で、全員が……いや待てよ。
「シャドウも居ないから、シャドウの所に居るんじゃ?」
ロックが思った事を口にしたのをきっかけに、ストラゴスが今度はシャドウの部屋へ急いだ。
不機嫌な雰囲気で扉を開けるシャドウ。ストラゴスが問答無用に部屋へ乱入する。
「リルム!? リルムや!?」
「居るわけないだろう」
事実を淡々と告げたシャドウへ、ストラゴスの真っ青な顔が向けられる。数秒の空白。シャドウも事態を把握した。
全員が飛空艇を飛び出す。ナルシェは世界崩壊後、無人となっている。灯りは無く、ランプを用意しなければ何も見えない闇が広がっていた。月も雲で隠れている。「荒れなきゃいいクポ……」とモグが不安げな声を上げた。
「ストラゴス! 貴方はリルムが戻って来た時に備えて、ファルコンに残ってくれ!」
「後生じゃエドガー! ワシにも探させてくれぃ!!」
「……言いたくは無いが、今の貴方は冷静さを欠いている。私達の為だとも思って、残ってくれ」
エドガーの的確な判断に、ストラゴスは言葉を詰まらせる。ナルシェの地理にも疎いストラゴスが、今、単独で行動でも取ったなら、遭難にもなりかねない。
「みんな、町の中をまず探そう。坑道へはそれからだ」
その指示を合図に、全員が動いた。
リルムはその景色をずっと見ていた。手持ちのスケッチブックはこの景色で埋め尽くされて、もう描くスペースは無い。だから目に焼き付けようと、夕方、日没、そして夜になっても眺めていた。
幻獣ヴァリガルマンダが居た、炭坑の最奥地。崖の下はもう何も見えないが、川の水面と氷が夕焼けの赤い光に照らされた時は涙が出た。
そして今度は、月光が照らされるだろう。その時をリルムは待って居た。きっと、さぞかし美しい光景が見られるに違いないと思ったが故だった。
しかし、月は相変わらず雲隠れしたままだし、更には雪がチラついてきた。
期待は、するだけ無駄な行為だと、久しぶりに思い知った。「あの時」、孤独を押し付けて出て行った時の父親を、いつまでも、いつまでも待って居た。
探しに行こうと思えば出来た。今だって旅をしながら探す事も出来るはずだ。なのにしないのは、もう、諦めたいからかもしれない。そして怖い。父はリルムの事を忘れて、待ってなんて居なくて、想いの一方通行だったのだと思い知るのが、この上なく怖い。
父の顔も、もう朧げにも思い出せない。ただただ優しかった事しか、もう、記憶に無い。
………ダメかぁ。項垂れて、そろそろ戻るかと景色に背中を向けた。
「シャドウ?」
暗闇の中だったが、僅かな光を雪が反射して照らしてくれたお陰で、そこに立って居るのがシャドウだとわかった。白い息を覆面越しに吐き出し、肩を上下させて。
「ん。戻るよ」
リルムがそう言った途端、シャドウは足早に距離を詰めて、リルムの左頬を、打った。
乾いた音は響かず、雪が吸い取っていく。何が起きたのかわからず、リルムは目を開いて、左手で左頬に触れた。シャドウが……痛い……打った……そう理解すると、じわじわと涙が込み上げてくる。
なんで、と問いかける前に、シャドウは次いで膝を折り、リルムを抱きしめた。
強く。強く。頬の痛みを忘れるほどに、痛いほどに。そして耳に届いたのは、「良かった」という言葉を繰り返すシャドウの声。
「探して、くれたの……?」
返事は無いが、抱きしめる腕が離れないのがその証拠だった。
シャドウに抱きかかえられてリルムは下山し、仲間とは坑道の入口で合流した。安堵の顔、伸ばされる腕に揉みくちゃになりながら、リルムは一人一人に謝った。
飛空艇では、情けない怒声が鳴る。
「リルムよ、リルムよぉぉぉ!! ワシゃもう生きた心地どころか、棺桶の蓋を閉めるところまで追い詰められたゾイ〜〜!! お前さんにもしもの事があったら、ワシはハラキリでお母さんに詫びねばならなかったゾイ〜〜!!」
「あ、う、うん。ごめん、ごめん……」
涙と鼻水に塗れた顔が突進してくるのを回避しながら、リルムは視線をシャドウに向けた。
シャドウはエドガーに咎められて居た。
「私は事前に言ったな? 坑道へは町中の捜索が終わってからと。それが何の理由も根拠も無い指示だったと思うか?」
「あ、兄貴。でもさ、そのお陰でリルムも早く見つかったんだし……」
「それはただの結果論だ。問題は起きてしまってからでは遅いんだ。今後は慎んでくれよ」
射るような眼差しを向けるエドガーに対して、シャドウは応とも否とも言わず、自室へと戻った。
非難の声を扉で遮断する。
シャドウは覆面を外し、リルムに打った右手で、己の右頬を打った。