願わくばその愛が




男は村の大樹に背中を預け、一日中ずっとそこで物思いに耽っていた。何を考えているのかわからず、人一倍寡黙な男であったが故、村人の多くは男を不審な目を向けていた。
男は村の人間ではなかった。だから村人の多くが男を毛嫌いしていた。聞こえる様に陰口を叩いたり、あからさまに子供を遠ざけたり。
しかし、男は黙って悪意を受け止めていた。

「居辛くはないかのう?」

話しかけたのは初老の域に入った男、ストラゴスだった。ストラゴスは時々、男に話しかける。男は最初は無視を決め込んで居たが、だんだん諦めたのか、隣に座っても嫌がる素振りを見せなくなった。
ストラゴスは村の、サマサの住人だ。一度村を出たが、戻って来た。長く旅に出ていたらしい事しか知らない男は、歳の割には丈夫だな、程度に思っていた。

「悪く思わんでほしいゾイ。おぬしの様な、外の人間がまったく来ない村でな。歓迎の仕方を知らんのじゃ」
「…………」

男は伸ばしていた膝を折って、姿勢を変えた。胡座を組むと、視線をその中に落とす。
ストラゴスが村に戻ったのは、男が来る半年ほど前だ。その時も、村はストラゴスを歓迎しなかった。だが元村人であったのと、とある村娘のおかげで、徐々に昔の様になりつつある。

「あの子は良い子だろう?」

言葉に、男の視線が控えめにストラゴスに向けられた。

「ワシはな。あの子には幸せになって欲しいと願うとる。あの子が望む形でな」
「…………あんたの娘か?」
「いやいや。血の繋がりはまったく無いゾイ。ワシが旅に出る頃はまだこんなだった」

ストラゴスは右手で、当時のその子の身長を模した。まだ小さくて、歳は片手で数えられるぐらいだった。

「それが今では、あんなべっぴんになっておるゾイ。町娘にも見劣りせん。気立ても良いしのう」
「…………他人の子を、随分気にかけているな」

男にとって、他人が他人の子の面倒を見たりするのは信じられない行為だった。そもそも女子供は弱く、足手まといで、気にかけてやったら良い気になって付け上がる。それを暴力で諌める男の姿を、彼は腐るほど見て来た。
不思議そうな声音で尋ねられて、ストラゴスは何となく男の身の上を理解した。目を細めて見つめ、教えてやる。

「あの子は特別じゃ。ワシには子供がおらんが、我が子の様に思えるゾイ」
「…………」
「ワシが村を出たのはな。古より村に伝わる伝説をこの目で確かめる為じゃった。何年も何年も、その事だけを考えて旅を続けておった。……しかし、叶わなかった。伝説は海の底に沈んでおってのう。手は尽くしたが、行けない場所じゃと、思い知らされたのじゃ」
「…………」
「皆、ワシを笑った。愚かじゃと、夢の盲人と言われ続けた。ワシも、無意味じゃったのかと思い始めたゾイ。じゃが、あの子は違った」

『がんばったね』

そう言って、微笑んで迎え入れてくれた。くだらないかもわからない旅の話を聞いてくれた。何杯も、自家製ハーブティをご馳走してくれながら。

「……嬉しかったのう。ワシは報われる思いじゃったゾイ。何より、帰って来て良かったと、心底思えた」
「…………」

男は視線を、遠い空へと向けた。
いつも何を思い耽っているのかはわからない。だが男一人で抱えるには大き過ぎる、暗くて重たいものを抱え込んでいるのは、ストラゴスの目から見ても明らかだった。
しかし、そんな男が、それを忘れられる時がある。それが、あの子との時間だった。あの子が笑えば、硬い男の表情も和らいで……何より目が変わる。
愛しいと、目が言っている。今の様に。

「昼は何かのう?」
「…………スコーンと言っていた」
「そうか、そうか。早く帰ってやるんじゃゾイ。おぬしがおらんと、あの子も昼を抜く」
「…………」

ふらっと立ち上がり、男は迷いながら視線をストラゴスと、丘の上にある一軒家を見つめた。
一軒家にはスコーンが焼きあがるのを待ちながら、昨日から始めたという男の新しいシャツを縫っているだろう。
何を躊躇うのか……そこまで想われながら。そこまで想いながら。

「帰って良いんじゃゾイ」
「…………」

ゆっくりと遠ざかる背中を見送る。
何を抱えているのか。それはストラゴスにはわからない。
今も。あの眼差しを、娘に注いでいるというのに、何故、……何故……

「おじいちゃん、どうしたの?」

ふと、ファルコン号の広間で談笑していたリルムが、上の階を見続けていたストラゴスに声を掛けた。途端、シャドウはその場を離れて、犬を伴って自室へと篭った。
何故なのか。
しかし。

「リルムは、愛されておるのう」
「……じじい。迎えが来たの?」

虫を見る様な、心無い眼差しを容赦なくストラゴスに向けるリルム。「心外な!」とでも声を上げると思っていただけに、リルムは言葉を詰まらせた。
ストラゴスは、一言だけ微笑みながら告げた。

「大丈夫じゃよ」

クライドは、今でもお前を愛している。



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