陽の元で笑え。




「珍しいじゃないか」

エドガーは日中すらなかなか姿を見せない仲間に気安く声を掛けた。相手は眼だけを動かして、エドガーを確認するとまた下界へ戻した。
 今夜は些か暑い夜を迎えていた。砂漠地帯出身のエドガーがそう感じるのだから、他のメンバーにとっては熱帯夜だろう。甲板に上る迄の間、自分の部屋の扉を開けて居る者も居た。中を伺うような真似はしなかったが、そのまま寝入っている者も。それだけ心を許しているということか、とエドガーはあまり気にも留めなかった。
 だが、この男はどうだ。相変わらずの黒装束に黒マスク、肌の露出は目元だけ。流石にエドガーから見ても暑苦しい。

「暑くはないのかい? 熱中症になるぞ」

 シャドウの隣で、同じように手摺に身を寄せながら、しかし顔は彼に向けるエドガー。
 ゆっくり瞬きをした末に、シャドウは一言応える。

「……慣れだ」
「君も砂漠地帯出身か?」
「……さてな」

 溜息と共に吐き出される言葉。表面上だけを取ればはぐらかしているだけに聞こえるが、エドガーは彼の特質を多少知っているつもりだ、それだけの意味ではない。
 ふむ、と顎に指を添える。

「大体もわからない?」
「興味も無い」
「そうなのか」
「普通だからな」

 待て。自分の出身を知らないのが普通だと言ってのけたのか今。いや普通では無いぞというのが顔に出ていたようで、シャドウの目が少し細まる。馬鹿にしているわけでは無いのだろうが、そう思われても仕方がない。

「俺の周りじゃ、掃き溜め出身者ばかりだぞ王様」

 馬鹿にしているのはエドガーに対してでは無かった。
 フィガロは小国ではあるが、決して貧しい国では無い。それは先王であるエドガーとマッシュの父や、その前の国王らが尽力した結果で、身分はあっても差は作らないという努力をし続けた賜物だ。
 だが逆の国や地域は多くある事も事実。寧ろ差をつけた方が治め易い点は多い。恩恵分配の範囲を狭めてしまうのだ。「ああなりたい」という羨望の目を潰すのは「ああはなりたくない」という傲慢な強者、一握りの民。

 ゾゾを見た時、エドガーの胸に迫るものがあった。悪臭が漂い、魔獣も徘徊する町中。道端に人が倒れていても、誰も見向きもしない。マッシュが声をかけようとしたのを止めたのはシャドウだった。「そうやって介抱した奴を襲ってカネを奪うのが奴らの手だ」。実際、少し離れると倒れて居た人は何事も無かったように立ち上がり移動した。
 「装備品は見えないようにしておけ。〔ジュエルリング〕は手首ごと持っていかれるぞ」という忠告にはまさかと思ったが、戦闘中セリスの〔イヤリング〕欲しさに彼女が首を狙われるのを目の当たりにしてから、各々装備品の装備場所を隠した。
 町中では人も襲って来る。それを手加減も情けも無く手にかけられたのはシャドウだった。逃げた者すらも始末する姿に非難の声を上げたが、なんて事はない、「今度は仲間を引き連れて来る事になる。10人相手するより1人片付けた方が効率的だろう」と返した。

 彼は非情なのではない。非情に成らざるを得なかったのだと理解した時、重く苦しいものが肩に乗った気がした。人が自らの心にナイフを振り上げる行為、その連鎖を止められるのは国王の手腕にかかっているのだと自覚した証拠だった。

「シャドウ。君には感謝している」
「意味がわからん」
「無自覚か? それでも良い。出来れば君は、出来るだけ私の傍に居てもらいたいと思うよ」
「……平穏の中に、俺の居場所は無い」
「シャドウ、」
「このままで良い」

 きつく結ばれた瞼と組んだ手は、僅かに震えていた。
 なんだろう、彼の言動は常に束縛されているようだ。逃げる敵を殺めた時にも感じた。自ら進んで汚れ役を買って出る行為は、自身を追い詰めているようにも見える。
 普段から部屋から出てこないのも、黒い衣を纏い続けるのも、自分を抑圧しているのではないか。殻に閉じ籠った引き篭もりと揶揄した者もいたが、もしかしたら。

「たまには日中も此処に来ると良い」
「俺の勝手だ」
「そうだな。でも、俺は陽の下に居る君に会いたい」

 国王としての「私」はそれを許さないが、エドガーという「俺」は、闇に巣食うのをやめてもらいたいと切に願う。

「この戦いが終わったら、フィガロ就職も視野に入れてくれ」
「…………」

 沈黙が肯定だったのか、否定だったのかはわからない。

 あの戦いの後、シャドウはエドガー達の前から姿を消した。状況からして死んだだろうと思われる。廃墟となった瓦礫の塔を捜索したが、遺体の一部も、遺留品も、何も見つからなかった。
 あれから半年が過ぎた。
 エドガーは久々にサウスフィガロを訪れて羽を伸ばしていた。フィガロに戻ってからというもの、剣をペンに代えて戦ってきた。ようやっと人心地がついたので、城を抜け出した。なに、置手紙もしてある。一週間ぐらいは許したまえよ。
 何より、書類から通してではなく、街の復興を肉眼で見ておきたかった。どこか行き届いていない所は無いか、民の声が反映されているか。長い冒険で得た知識を思う存分発揮させるのは、復興を終えてからだが、それはいつだろうか、もうすぐか、そんな事を考えていた。
 その時、すれ違った男の手を掴んだ。男の手には一枚のコイン。ついさっきまでエドガーの懐にあった物だ。
 細められた男の目。エドガーははっと気づき、次いでニヤリと笑った。

「久しぶりだな」
「ふっ……」

 一般市民と同じ服装で、顔も露わにしていたが、深緑の瞳が教えてくれた。男は裏がないコインを投げて返す。

「よくわかったな」
「求職中か?」
「まあな」
「なら、スカウトするかな。私の傍に居てもらいたい」

 エドガーは手を差し出す。
 男は思案するフリをして答えた。

「まあ、良いだろう」


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