果たされるべき復讐





 ケフカは最高に怒っていた。感情の振り幅が大きいケフカだったが、それでも今が人生最高潮の憤怒だと思った。
 ガストラは死んで、今頃地上でメチャクチャのグチョグチョになってる。三闘神の力もケフカのモノ。なのに連中はケフカを見ないで行ってしまった。
 原因は目の前にいる。

「僕ちんのジャマをするなーッ!!」

 三闘神の像に挟まれて身動きが取れない中でケフカはシャドウを睨み上げた。たったそれだけなのに、気迫に押されシャドウは三闘神から手を離して距離を取る。
 瞬間、先程まで立っていた場所に火柱が立った。避けたといっても至近距離、熱が唯一露出した目元を焼かんとする。これも魔法なのか、しかし詠唱が無かったので油断した。どうやらケフカの「規格外」レベルは桁違いのようだとシャドウは理解した。

「ジャマしたな! 壊してやる! 徹底的に壊してやるッ!!」

 今度は指をさされただけで雷が落ちた。そこから稲妻が走り、シャドウを追う。足場の悪い中をシャドウは全力で躱し続けた。ケフカの指先がシャドウの軌跡を追うと、その通りに稲妻が蠢いて伝染する。
 魔石ラムウから習得したサンダーやサンダラの比では無い。圧倒的不利をシャドウは感じた。だが、だからこそ逃げるわけにはいかなかった。あの連中が無事、飛空艇で脱出するだけの時間を稼がなければ。それが果たせれば、後のことは知った事では無かった。
 三闘神の像から抜け出したケフカは、動かせていなかった方の手を宙で踊らせた。稲妻だけでなく、今度は氷柱がランダムに地面から生える。

「ーー集いて赤き炎となれっ、【ファイア】!」

 シャドウは咄嗟に唱えた。
 火がシャドウを守る盾のように燃え上がる。逃げ場を氷柱で失う前に炎で溶かしてみせたが、そこにケフカの嘲笑が降る。

「それがキミの【ファイア】!? 暖炉の代わりにもなりませんよ?? これぐらいじゃなきゃダメでしょ!!」

 何か来る。それだけの理由で動いたのが正解だった。瞬く間に隕石と見紛う大きさの火球が3発落ちた。立っていた地面は砕けて、火球と共に下界へ吸い込まれていった。
 その先に見えたものがあった。飛空艇だ。今の落石を回避しようと急旋回したのだろう、なかなか無茶な操縦だ。連中は逃げたのか、まだなのか、シャドウにはわからなかった。しかし魔大陸付近にまだ居ることを、ケフカに気取られるわけにはいかない。
 魔法では太刀打ちできない。ならばと手に取ったのは手裏剣と煙玉。
 ケフカの位置を正確に目測し、そこに煙玉を投げつける。濛々と白煙が立ち上る瞬間にケフカが怯んだのを見て、その側面から手裏剣を投擲した。そして背後から首を刈るーー

「見・つ・け・た」

 刃がケフカの首を捉えんとした所でシャドウは我が身の異変に気づいた。
 体が動かない。手の刃が奴の首まで、あと数センチの所だというのに!
 煙玉の煙幕が晴れて、ケフカが向き直った。その手には手裏剣があり、血がついていないところを見ると、何かしらの魔法で受け止めたのだろう。こうして、シャドウの動きを止めるように。
 ゆっくりとした動作で、ケフカの手がシャドウの覆面を剥いだ。そして何度も頷きながらじっくり素顔を観察すると、口を開いた。

「もう10年は前だなぁ……キミ、オトモダチと列車に乗りましたね。ホラ、片目が見えない…」

 シャドウは久し振りに感情を前面に出した表情を作った。憤怒と、憎悪の顔を。

 十数年前。シャドウがまだクライドを名乗り、ビリーという相棒が居た頃。
 いつも通り列車強盗を働こうと、帝国軍の列車に乗り込んだ。列車には帝国軍の最新兵器が乗っているという情報で、奪ったらそれを使いこなすか、横流ししようという目論見だった。
 兵士に変装した二人が、武器庫車両で番をしていた兵士と交代を装って近づき、気絶させる。鍵をそいつから入手したビリーが中にある武器を取りに行き、その間クライドは見張りをしていた。1分もしない内に中から暴れる音と、何かが折れる音を聞いたクライド。何をしているのかと中を覗いた。
 相棒の首を締めて馬乗りになる、長い金髪を振り乱した痩身の男が視界に入った。迷いなく男の顎を蹴り上げると、男は難なく反対側の壁まで吹っ飛んだ。その隙にビリーの様子を見るも、悲惨だった。両手足はあらぬ方向に曲がり、左太腿は中から血に塗れた白い骨が見えた。変装に使っていた兵士の服が、何故か焦げていた。
 逃げるしかない。判断した途端、衝撃がクライドの全身を襲う。壁に叩きつけられ、肋骨と左腕が折れたのを理解するのに手間取った。なんせ痩身の男は相変わらず反対の壁にいて、手をこちらにかざしていただけなのだから、何が我が身を襲ったのか検討つかない。そいつが立ち上がる動作に入ったので、クライドは煙玉を放ち、ビリーをなんとか背負った。
 立ち上がったらビリーが悲鳴を上げたが、構っている時間は無い。武器庫車両を出て、姿を見せた帝国兵に手裏剣で応戦し、列車の扉を非常用レバーで開けると飛び降りた。運良くカーブに差し掛かって減速していた事と、茂みが落下の衝撃を和らげてくれたお陰で余計な怪我をせずに済んだ。しかし、ビリーの背中は血の海で、手の施しようが無かった。

「僕ちん魔導注入実験したばっかりで疲れてたけど、よく覚えてるよー? さっきの煙とコレで思い出しちった!」

 コレ、と手裏剣を見せると、ケフカは容赦無くそれをシャドウの胸に突き立てた。じわじわと血が溢れ出していくのがわかる。しかしシャドウは悲鳴も上げず、呻きもせず、ケフカから目を離さなかった。

「もっと痛ぶってあげたかったなー。ホラ、ワタシの事、まだトップシークレット☆ だったから、鬼ごっこ出来なかったんだよね? あーあ。もっといろいろやってあげたかったな!」

 あの時と同じ衝撃がシャドウの全身を打った。体が飛ばされ、今度は岩に叩きつけられる。吐き出される鮮血を見た。骨が折れる音を聞いた。また肋骨でも折れたか。しかし構っている暇は無い。殺意が全身の血を沸騰させる。
 あの時の事をどれだけ後悔したかわからない。再び独りになってから、狙った獲物の正体を掴もうと手を尽くした。足掻けど藻掻けど手に入らない、相棒を奪われるきっかけとなったものの正体は掴めず仕舞い。虚しく月日が流れ、自分達が忘れ去られていく時流の中を、独り立ち向かった。
 そして今も。

「翻て来れ、幾重にもその身を刻め、【ヘイスト】」

 自らに魔法を掛け、地を蹴る。
 初めて【ヘイスト】を掛けられた時、自分の身体なのに備わった力に翻弄されて、上手く動けなかった。しかし操れるようになってからは、この上ない武器となった。
 ケフカに体術を仕掛ける。一発を繰り出しては一度離れ、視線がシャドウを捉える前にまた一発。視線が自分を捉えられなければ、ケフカはお得意の魔法を発せない。しかも肉体を鍛える事をしたことのない奴にとって、肉弾戦は有利に働いた。
 ケフカが体制を崩したのを見計らい、一気に攻勢を掛ける。最後の二段蹴りがケフカの顔面を捉え、身体ごと吹き飛ばした。

「シャドウーッ!!」

 得物に手を掛けようとした時だった。少女の声が自身を呼んだ。
 視線をやれば、遠く、崩れ掛けた足場の中で懸命に立つリルム。
 倒れていた死神が、それを見逃すはずがなかった。
 ケフカがリルムを指差した刹那、シャドウはそちらへ駆け出す。光の刃が複数本、宙に生成され、ケフカの意思のもとで放たれた。刃がリルムに刺さらなかったのは、シャドウが跳んで抱きしめ、倒れた事に他ならない。代わりにシャドウの背中は、かつての相棒と同じ様になっていた。

「シャドウっ!?」

 渾身の力を振り絞り、手にした得物をケフカに投げた。奴の腕に刺さったのを見届けず、断末魔の叫びにも似たケフカの声を背に、シャドウはリルムを抱きかかえて飛空艇へ向かった。

「報酬を貰わないうちは、死んでも死にきれないからな」

 【ヘイスト】の効力が解ける。必死に重い身体を動かし、駆ける。血が流れている所為なのか、徐々に感覚が失われていく。
 シャドウは必死に自分に言い聞かせた。この子の所為では無い、仕留め損ねたのは、己の力不足だ、決してこの子の所為では無いのだと。
 切り立った崖の下に飛空艇が見える。ずっと待っていたのかと思うと、何も言えなかった。

「清らかなる生命の風よ、天空に舞い邪悪なる傷を癒せ……【ケアルラ】」

 涙に濡れたリルムが静かに詠唱する。震え出していた身体に、また力が戻ってきた。

「ごめんね、ごめんなさい、シャドウ。ごめんなさい……」
「喋るな。舌を噛むぞ」
 
 シャドウは魔大陸を後にした。
 次に会う時は、必ず殺してやる。一撃で仕留めてやれるほどの力を得て。
 心にそう決めながら。



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