辿り着く場所




 シャドウはマッシュとカイエンをバレンの滝まで案内し、別れてから近くの町に立ち寄った。今回の旅で、そろそろ武器を新調した方が良さそうだと判断したが故である。
 町は暗澹としていた。道端に、途方に暮れた様子で座り込む者が居たり、血が滲む布に包まれた塊が横たわって居たり、そんなのが蔓延っている。元々サウスフィガロのような活気のある町では無いが、こんな場所ではなかった。
 理由は簡単だ……戦争である。帝国によって滅ぼされたドマの民が、戦禍を逃れてここまで流れ着いたのだ。しかし、流れ着いた場所が悪い。ここはまだ帝国領でこそ無いが、帝国軍の物資運搬拠点になっていた筈だ。それで安堵が許されている。つまり、この町はドマの民を受け入れるわけにはいかない。道端に居る者たちはまた、どこかへと流れて行かなければならないのだ。

「行くぞ、インターセプター」

 シャドウは相方をすぐそばに来させると、目的の武具店へと入る。店主は黒尽くめのシャドウを訝しむ目で見てきた。意に介さず、棚に並ぶ武器を手に取り具合を見るシャドウ。ジロジロと視線を感じたが、おそらくドマの人間かどうか観察しているのだろう。インターセプターが小さく唸ると視線は感じなくなった。
 馴染みそうな武器を手に、店主とカウンター越しに値段交渉をする。最初にドマかと尋ねられて、シャドウが首を横に振れば、店主はそれ以上追求せず価格を提示した。ついでにシャドウは道中手に入れた余分なアイテムの売却も行う。
 店主は仕事が終わると、重い溜息をついた。

「オレ達の生活を守る為だが、連中を見捨てるのはなぁ……ついこの間まで取引してた相手だ。顔馴染みもいる。そしてそいつらにも家族がいる……なんだって南の連中がここまで来てんだかな……」

 応える言葉を持ち合わせて居ないシャドウは何も言わず、武具店を立ち去った。
 次に道具屋へ立ち寄る。扉の前に立つと声が聞こえた。

「ありがとよ、本当に……本当に……」
「いいから早く行きなよ!」

 扉を開くと、薄汚れた男と道具屋の女主人が驚愕の顔を向けてきた。薄汚れた男は目元を乱暴に袖で拭いながら店を慌てて出て行った。男が居なくなると、女主人はぎこちない営業スマイルを浮かべた。
 店の床には箱がいくつも置かれていて、蓋の開いた箱の中は、分類されていないアイテムで溢れていた。どれも煤けている。その中でタグが付いているポーションが気になり手に取ると、それはドマにあった道具屋の名前が書かれていた……帝国に与する女主人が、敗戦国ドマの人間から買い取ったのだろう。量から見るに、今の男一人からだけでは無い。
 女主人は顔色を変えた。しかしシャドウが帝国の者ではないと知ると訳を話しだした。

「ドマとやり合うって話を聞いた時に、覚悟した筈なんだけどね……買い取っちゃいけないって町長にも何度も言われたさ。でも、行くアテも行く術もない人達を、ただ追っ払うなんてできやしないよ……」

 シャドウは少し多めにポーションを購入し、タグを引きちぎる。

「さっさと燃やすんだな」

 そう言い残して、シャドウは店を出て、町を出た。
 あのドマの民と自分は、何ら変わらない。奪われたか捨てたかの違いはあるが、結局、宛など無いのだ。終わりのない旅である。





 世界崩壊後、シャドウはティナ、ガウ、マッシュと共にあの町を訪れた。町の半分が崩壊によって消滅したらしい。それには武具屋が含まれていたと、道具屋の女主人は言う。
 ティナとマッシュが女主人と話し込むのを尻目に、シャドウとガウは店内のアイテムを物色していた。「道具屋」であるから文句は言えないが、あの時買い取ったアイテム全てを店に出した所為で「雑貨屋」になりつつあった。だがドマ特有の道具らしい物は、使い道がわからず売れ残り続けたようで、店の一角を陣取っていた。

「シャドウ、これなんだ?」
「知らん」
「ござるなら知ってるか?」
「だろうな」

 だが、連れて来る気にはなれない。あの優し過ぎる武人は、見たら悲しむのではないか。守れなかった者達へ思いを馳せて、また心の闇を抱いてしまうのではないか。使い込まれて小さなキズの付いた器を見やって、シャドウは気づかず溜息を漏らす。
 ガウはきょろきょろ見渡して、筒状の物を掴んだ。銅製で、どういうものかわからないが艶やかな輝きを放っている。ガウ的に言うと「ピカピカ」している。縦に振ると中からシャカシャカと音を立てた。

「コレほしい!」
「は?」

 その声に一同がガウを見て、マッシュは「またか」と項垂れた。ガウを道具屋に連れて行く度に起きる恒例行事で、光り輝く物を見ると何でも欲しいと言い出すのだ。
 マッシュが腰に手を当てて言い聞かせる。

「ガウ、この間も欲しいって言ってビー玉を買ってやっただろ? 今回はダメだ」
「ちがう! ガウにじゃない! ござるにだ!」
「カイエンに?」

 いつもと様子が違うガウにマッシュとティナは不思議そうな顔をしたが、シャドウは眉根を寄せて咄嗟に否を唱えた。

「駄目だ」
「シャドウ。ガウにじゃない、ござるに」
「それが駄目だ」

 今度は一同の視線がシャドウに向けられる。シャドウは自分の考えを告げられず、困り顔のガウから目を逸らした。
 周りが良かれと思って記憶を思い起こさせる行為に、傷つく者も居るのだ。その痛みの大きさを知るシャドウには、ガウの行為が善意とは取れなかった。

「大丈夫だよ、シャドウ」

 その中でティナが微笑んだ。

「大丈夫」

 ドマ出身者にプレゼントすると話すと、女主人は喜んで、表示価格の半分の値段を提示してくれた。その値段で購入し、一行はファルコンへ戻る。
 ガウの手からカイエンへそれは手渡った。

「ほう、茶筒でござるな」
「チャヅツ?」

 一目見るなり、カイエンは目を細めて喜んだ。
 受け取って、それを上下に引くと二つに分かれ、中から葉の匂いが立つ。まずカイエン以外の誰もが、それを容器だと思わず、中に入っているものの正体などわかるはずもなかった。

「茶筒は茶葉を入れて長く使うと、こうやって綺麗に光るのでござる」
「へえ、ドマでは紅茶をソレに入れるのか?」
「紅茶ではござらんよ、マッシュ。これは緑茶という、ドマの茶でござる。湿気っているが、きっと炙ればまた使える筈だ」
「炙る?」
「ミナが……妻がよくやっていた」

 香りをいっぱい吸い、瞼を閉じたカイエンは笑っていた。

「皆で飲もうか。上手く炙れるかはわからぬがな」
「お! そりゃぜひ飲んでみたいな!」「がう!」

 盛り上がる場を笑って眺めていたティナは、そっとシャドウを横目で見た。複雑に絡み合う感情を抑え込んだポーカーフェイス……本人はいつもの無表情のつもりだろうが、ティナは違うと読み取った。しかし、何故そんな顔をするのかまでは読み取れない。
 声をかけられる前に、シャドウはその場から立ち去った。

 シャドウは、彼らと自分は、あまりにも違うのだと気づく。
 奪われた者は、いつかきっと帰ることができる。しかし捨てた者には、何も無いのだ。
 終わりなき旅路。幕引きは、自らの手がするのだろうか。心の中で終焉を描く。


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