残される者の気持ち






 魔列車が汽笛を鳴らして動き出す。憎む者の魂も、愛しい者の魂も、分け隔てなく平等に乗せて行く。終着駅はわからない。しかし、その間の旅路に苦しみは無い。
 愛する人が乗り込み、最後の言葉を落として行ってしまう。残された者の心に、波紋を残して。






 その日は森を出た所でテントを張った。カイエンはいつも通りを振る舞っていたようだが、口数はずっと少なかった。自然、沈黙の時間が普段より増え、気づけばあっという間に夜になった。
 マッシュは先にテントで休んだ(掛ける言葉が見つからないと落ち込んでいた)。魔獣避けに点けた焚き火がパチパチ爆ぜる。集めておいた枯れ枝の中から手頃なのを掴み、火にくべるのはシャドウ。隣で大人しく伏せる愛犬の体を時々撫でる様子を、カイエンは黙って見ていた。
 それから暫くして、カイエンの口が開く。

「シャドウ殿は犬がお好きか?」
「……こいつがな」

 こいつ、と呼ばれたインターセプターは、嬉しいのか、尾を振って頭を主人に寄せる。応えて、シャドウは手をインターセプターの頭に乗せた。それから毛並みを整えるように手櫛で全身を撫でてやる。心地良さげに目を細め、手櫛が終わると、それを許しと捉え眠りに就いた。

「インターセプターは頭が良い。過ぎるところが、玉にキズではあるがな」
「そうでござるか。いや、確かに賢く、強い犬だ」

 戦闘中のインターセプターの援護を何度か目にしたカイエンは、ドマで飼っていた軍用犬以上の働きに舌を巻いた。思い出して顔が綻ぶ。
 その間、シャドウは別の事を考えていた。
 死んだカイエンの妻と子が残した言葉と、その2人を見送るカイエンの背中。死者は現世に憂いは無いと笑顔だったが、カイエンはどうなのだろう。その胸中では何を思ったのだろう。『しあわせだった』と言わしめるのだから、自分と違って悔いは無いだろうな。

「良かったな」

 カイエンはシャドウを見る。シャドウは火を見ていた。

「恨み言を吐かずに死ねる事は、幸せだろう」
「シャドウ殿……?」
「……」
「……それでも、やはり、後悔は尽きん」

 もっと自分に力があったら。帝国が毒を用いる前に倒せたら。籠城策など進言しなければ。家族を城に入れなければ。自分が軍に属して居なければ……たられば話など虚しいものだとカイエンは知っている。それでも考えてしまうのだ。あの時の自分の選択を責めてしまうのだ。
 『しあわせだった』と言われても、もっと、もっと大きな幸福を与えたかった。あんなものじゃない、あれ以上の幸福を。息子が成長するのを見守って、妻の顔には深い笑い皺を刻んでやって、隣で、ずっと隣で。

 止まった筈の涙が、込み上げる。目元を抑えるカイエンを見て、シャドウは省みた。
 あの時。殺すよう相棒に乞われた、あの時。手にしたナイフを振り下ろしていたなら、どうだっただろう。自分は満足できただろうか。答えは、否だ。また別の後悔が生まれる事だろう。助けられなかった事を、相棒がしくじらない作戦を立てられなかった事を、遡って、出会わなければ良かっただろう事を。

「それでも、」

 カイエンは俯くも、しっかり告げる。

「生きねばならん。残された意味が、きっと、あるでござるよ、シャドウ殿」
「……」

 残された者の、命の使い道。シャドウの脳裏に、一瞬だけ、相棒の底抜けに明るい笑顔が浮かんでは消えた。

「あんたは、強いな」
「否。まだまだ、脆弱でござるよ」
「…………後悔できるのは、贅沢なのかもな」
「……そうでござるな」

 カイエンは夜空を見上げ、シャドウは火を眺めた。


 俺に何を望んでいるんだ? ビリーよ。

前|もどる

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -