「ほぉ……これは極上。娘、もっとそれを寄越せ」

対角(ついかく)は、唯依(いより)を荒々しく引き寄せ首筋に舌を這わせる。丹念に舐めとられた部分から、次々に血は流れ出る。手放しかけそうになる意識を何とか保つが、それでも鬼に抗えるほどの力は残っていない。もどかしい、憎らしい、そんな思いが、唯依を闇へと誘っていく。

「はな、せ……!」
「まだ動けるのか。頑丈な娘だ」
「離せ!!」

腹を蹴り上げ、対角の腕から逃れる。いくら鬼といえども、予想だにしない事柄には弱いらしい。苦痛に顔を歪め、忌々しそうに舌打ちをした。

息絶え絶えに銃を構え、対角を威嚇する。本来仲間である一角(いっかく)を迷いなく殺せるような奴だ、危険すぎるのは重々承知。しかし、ここで逃げ帰るわけにはいかない。綾凪とやり合った時のキセキの言葉、『そこに敵がいたら、死んでも引き摺り下ろせ』。それが脳内を巡り、唯依を立ち上がらせている。

「私を前にし逃げ帰らなかった者は初めてだ。……娘、名は何と言う」
「貴様らに……貴様ら鬼に名乗る名などない!!」
「威勢の良いことだ……だが、どこまで保つものか」

出血多量で命を落としてもおかしくはない。止まることを知らない血が、唯依の体から抜け出ていく。

「そのような身体で私を倒せるとでも思っておるのか」
「貴様があの時の対角ならば……私は貴様を……!」

生かしては帰さない。刺し違えてでも敵をとる、それが唯依の全てだ。大切なものを悉く奪っていった憎き鬼の一族に、この対角の首を送り返す。胴体と切り離された無惨な姿を大衆の下に晒してやると。

吹き荒れる風と降り注ぐ激しい雨。双方を受けながら、両者はただただ睨み合うばかり。

もうどれくらいの血が流れ出ただろう。伝い落ちていくのは汗なのか、はたまた血液なのか。極限まで追い詰められているというのに、これ以上ないくらいに体が闘いを欲している。この男の美しい金の瞳を血で染め上げるその瞬間を、彼女は欲していたのだ。だが欲するだけではどうにもならない。立っているのがやっとの唯依に対し、対角は笑みを見せる余裕がある。種族の違いから戦力差は圧倒的だ、それでも向かっていくのは自分が大馬鹿者だからだろう。

死が恐ろしいわけじゃない。殺し屋など、死と隣り合わせの職業だ。殺鬼(さっき)に入隊した時から……いや、もっと前から死は覚悟していた。けれど、今は、死ねない。

「策は決まったか、娘よ」
「っ!?」

対角はもう数センチというところまで迫っていた。それに気付かなかったのは対角の為せる業か、それとも……自分がそれだけ弱っているということか。

咄嗟に引き金を引こうとするが、間に合わない。

「遅いわ……!」
(しまっ……!)

銃声は高らかに、猪を撃ち抜いた。

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