あれから、少ないにしろ男と会話することに成功した。

男の名は土方歳三。新選組の副長だと語ったが、その説明は不要だった。土方歳三という名がその役職を表しているのだから。

それにしても、だ。周りはこちらを気にしすぎではないか。作業をしながらちらちらとこちらを見てくる者がやたら多い。新選組の鬼の副長と謎の格好をした少年。面白い組み合わせではあるが、そうじろじろ見られてはいい気などしない。

「お前、何なんだその格好は……」
「え、これすか? えーと……」

ジャージだと言ったところで理解できるはずがない。第一この世に存在しないのだから説明は無意味だ。

「まあ置いておくとして、土方さんは普段何をして過ごしてるんですか」
「なめてんのか……?」
「だって説明のしようがないですもん。……異国の正装っすよ、きっと」

正装ではないだろう。こんなものを成人式や結婚式などに着ていったら間違いなく追い出される。許される『式』を上げるなら、体育祭の開会式閉会式ぐらいのものだ。

「異国の正装、か。だが、そんなものをお前みたいな餓鬼がどうやって手に入れたんだ」
「あー……知り合いにジャージ職人がいるんすよ」
「じゃーじ……?」
「ああ、これのことっす。ジャージは量産できるから結構簡単に手に入るんすよ。……けどこれ、意外と知られてないことなんでここだけの話にしてください」

当然全てが作り話なのだが、土方を欺くためにはこれぐらいでないといけない。過去を変えてしまうことは何より恐ろしいこと。万が一にも未来の情報が流出するようなことがあれば……。

「着いたぞ」

目線を上げればそこには決して立派とは言えない建物があった。もちろん木造りであるし、門も何か……昔のトイレを連想させるような造りだ。それは言いすぎなのかもしれないが、つまりは質素だということ。新選組は浪士隊であり大名ではない。贅沢な暮らしはできないということか。

「お帰りなさいませ」

出迎えてくれたのは隊士、ではなく意外にも女性だった。とはいえまだまだ幼い少女なのだが、それでもここで同性の人間に会えるとは驚きだ。

「堂リン様、ですね。私、本日リン様のお世話をさせていただきます、霞夜(かや)でございます」
(様って……)

くすぐったい思いを巡らせながら、土方から離れ霞夜と名乗った女中についていく。

「あの、何であの人は僕を連れてきてくれたんでしょうか」

そう簡単に自分の考えを覆すようには見えないのだが。とはいえ自分を強制連行、もとい保護した目的は知っておきたいところ。

「恐らく……いえ、これは私が口にすることではありませんね」

言葉を濁す霞夜に、別の疑問を投げかける。自分はこれからどうすればいいのか。男だと思われている以上は霞夜のような仕事はさせてもらえないだろうが、隊士として屯所に置くというのも違う気がする。

「貴方の処遇は私共には分かりかねます。明日、土方副長より何らかの指示があると思いますので暫しお待ちください」
「えっと……その敬語何とかならないもんですかね」
「と、言いますと?」
「僕はそんな立派な人間じゃないですから。客、というのとも違う気がするし」

少なくとも望まれてここにいるわけではない。誰かの指示で土方が動いたのは明白だ。

しかし、あの鬼を動かせる者など果たして新選組にいるのだろうか。局長の近藤勇か、口が上手かったという沖田総司の仕業か……。そう易々と口車に乗せられる土方ではないだろうから、やはり近藤か。いやしかし、局長という立場を利用してそのようなことができる人ではないはずだ。温厚で寛大な心を持った懐の深い人物だったと聞いている。

2 3 4 5 6 7 8



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -