「っ……待ってください!」

珍しく必死になっていた。こんな機会は滅多に、いや一生訪れなくても不思議ではない。ここは間違いなく幕末の世だ。これだけ現実味のないことを体験させられれば、嫌でもそう思う。

平凡でつまらない人生観に飽き飽きしていたリンが、これほどの好機を見す見す逃すはずもない。恐らく指揮を任されているであろう男の裾を、無意識のうちに握っていた。

「……何のつもりだ」

男は怪訝そうにリンを見つめていたが、すぐに手を振り解いてしまう。

真っ赤な液体が手に付着し、その独特な臭いが鼻を突いた。自分の血ではない、別の人間のもの。新選組に斬られた浪士のものだ。

「僕は……近…………ど、堂、リンと言います。……行くところがなくて、家族もなくて……」

同情を買う作戦はリン向きの手法ではない。泣きも縋りもできないからだ。やったところで演技だということが見てとれる。無表情というのはこんな時不便でいけない。

「行くところがない、親が死んだ、そう言えば『壬生狼でも』何とかしてくれると思ったのか? なら、とんだ誤算だな」
「…………」
「甘ったれてんじゃねぇよ……親の脛齧って生きてきておいて大きな顔してんじゃねぇぞ、餓鬼が」

怒りが、脳を大きく貫いた。それと同時に、そうだと納得もしていて。この時代で自分と同じ年代だと職に就いている者がほとんどのはず。家業を継ぐ者、出稼ぎをする者、志を持ち武士となる者……様々だが、皆親元を離れ自立していく。十五で成人となるこの世では、リンのような者は自立できていない親の脛齧りだととられるのだ。

ただの、甘えた餓鬼だと。

「……消えろ」

その声はどこまでも低くどこまでも冷淡だった。そして、残酷なまでにリンの耳を揺さぶった。

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