短編 | ナノ


 化け物と、みんなが言ったので、私は化け物になった。
 両親を火事で亡くして、自分も顔に酷い火傷を負った。だから、そのせいで見た目が化け物じみていて、嫌われる。分かってる。だから、傷ついたりしてない。
 頼る人はいないし、守ってくれる人もいないから、化け物らしく森に隠れ住むことにした。なのに。

「どこだ、化け物!!」

 出て来い、という叫び声に息を殺す。今日も村人は私で憂さ晴らしをしたいらしい。
 化け物にはお似合いの暗い森で静かにしていようと決めたのに、どうしてわざわざ私を痛めつけに来るんだろう。理解不能。お陰様で傷とあざばかり増えて見た目はさらに化け物じみてきた。

「っ…!」

 やばい、目があった。にやりと歪んだ相手の顔と、いたぞ! という叫び声。隠れていた茂みから飛び出して、必死に逃げる。けれど、大人と子供の差は歴然で、大きな恐ろしい手に肩を掴まれた。

「やっ……!」

 頭をかばって腕を上げる。そこに痛み。がつり、と鈍い音がする。こうなってしまったら、うずくまって、相手の気が済むのを待つしかない。痛いけど、悲鳴をあげたらもっと酷いことになるから、ぐっと奥歯を噛み締めた。

「火拳!」

 不意に聞こえた声と共に飛んできたのは渦巻く炎。大人たちが悲鳴をあげて、その場にへたり込んだ。

「子供相手になにしてんだよ」

 体を抱え上げたのは逞しい腕。戸惑って見上げれば、険しい横顔が見える。オレンジ色のテンガロンハットを被ったその人は、大人たちを鋭い目で睨みつけて、私を抱えていない方の腕から炎を散らしていた。
 炎は、怖い。なにもかもを飲み込んでしまう。そう思っていたけれど、ちらちらと揺れるそれは、どうしてか怖くなかった。
 ひぃ、と悲鳴を上げた大人が無様に転びながらその場を駆け出す。男の人はそれを追おうとはしなかった。

「大丈夫か、お前」

「……はい」

 できるだけ顔を見られないようにうつむく。だけど、抱えられてるからそんな抵抗は些細なものだ。私の顔をのぞきこんだ男の人が息を飲む。だって、私は化け物なんだから。助けたことを後悔しているかもしれない。それが、悲しい。

「…痛かったろ」

「っ…!」

 炎を消したその手が、頬に触れる。優しくて、あたたかい。こんなにも穏やかな手に触れたのはいつぶりだろう。少しだけ、泣きたくなった。

ーーーーー

 エースと名乗った男の人は、私を自分の船に連れて帰って手当てをしてくれた。それから、うちにいれば良い、と言われて、目を白黒させるはめになった。
 化け物をそばに置いてどんな得があるの、と純粋な疑問を口にすれば、エースさんはどうしてか怒ったような顔をして、それから私を抱きしめた。そうして、お前は化け物なんかじゃない、と力強い声で断言してくれて、その優しさに泣きたくなった。
 どこからどう見ても私は醜い。焼けただれた頬に潰れた右目。まともな生活をしていないから、髪だってぼさぼさで汚い。それでも、エースさんは私を普通の女の子だと言ってくれた。

「ソフィア、おはよう」

「おはようございます、エースさん」

 エースさんのおかげで船に置いてもらえるようになってしばらく経つけれど、エースさんも船のみんなもとても優しい。
 私を見ても嫌な顔をしないし、理不尽に怒ったり暴力を振るう事もない。むしろ、楽しそうに笑って私に優しくしてくれる。
 どうしてそんなに優しいのか分からなくて、勇気を出して聞いてみたらエースさんは、みんなお前が可愛くって仕方ねぇんだよ、と言った。からかってるのかと思ったけれど、違うらしい。 エースさんと一緒にみんなに聞いてみたら、可愛いからだ、って本当にそう言われて驚いた。それから、ちょっとだけ泣きたくなった。

「今日も可愛いなぁ、ソフィア」

 そんな事があったからか、エースさんは毎日私に可愛いと言う。最近ではそれを真似して、みんなが私に可愛いと言うから困った。愛おしそうに笑って紡がれるその言葉を否定することもできなくて、いつも黙り込んでしまう。それでもみんなは気にした様子もなくわたしの頭を撫でてくれるから、嬉しくて死んじゃいそう。

「…ありがとうございます」

 緩みそうになる唇を抑えて、ありがとうとお礼を言えばエースさんはいつも通りに楽しそうに笑ってくれる。胸の奥がじわじわとあたたかくなるこれを幸せと言うのだと思う。
 お父さんもお母さんももういないけど、今は沢山の家族がいる。だから、私はとても幸せだ。


化け物だった子


 世界一可愛い子だ、とみんなが言うので、私は可愛くなれたんだと思います



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