長編 | ナノ


  ○○○○○


「なぁ、マルコ。お前、ソフィア探しに行ったんだよな?」

「うるせぇ、サッチ。自分でも分かってんだよい。何も言うな」

 バツが悪そうな顔をするマルコの足元には、小さな猫がいる。ソフィアを探しに行ったはずのマルコは何故か猫を連れて帰ってきた。本人が言うには、懐かれたから、らしい。確かに、猫は甘えるようにマルコの足元に擦り寄って、機嫌良さそうに時折鳴き声をこぼしている。
 だからといって、言わずにはいられない。ソフィアを探しに行ったのに、なんで猫を連れて帰って来てんだよ、と。目的が変わってるじゃねぇかよ、と。

「だから、何も言うなって言ってんだろ」

「はいはい、すみませんでしたー」

 今にも足癖の悪いマルコから蹴りがとんできそうだったので、適当に謝罪を口にしておく。その足が上がらないのは、間違えて小さな猫を蹴ってしまわないようにだろうか。よっぽどこいつが気に入ったんだな。

「おい猫ー!魚食うか?」

「にゃおん」

「いらねぇの?」

 ほら、新鮮なやつだぞ、と猫が気になるのか、エースが釣り上げたばかりの魚を揺らして誘っている。けれど、猫はいらないわ、とばかりに、つん、とそっぽを向いてしまった。
 さっきから皆があれこれと構おうとしてもずっとこの調子で、猫はマルコにだけ甘えるような声をあげている。なかなか気位の高いお嬢さんらしい。まぁ、ここまで懐かれてしまっては、連れて帰りたくなる気持ちも分からなくはない。
 振られた、と落ち込んでいるエースに見向きもせず、猫はマルコを見上げてにぁ、と可愛い声で鳴いた。

「お前、別に動物好きってわけでもなかったのにな」

「……どうしても、こいつが可愛く見えてしょうがねぇんだよい」

 猫を抱き上げたマルコは、愛おしそうに目を細めていた。あ、ソフィアの話をするときと同じ顔してる。本気で気に入ったんだな。
 そういえば、この小さな猫は少しソフィアに似ているかもしれない。艶やかな毛並みと、輝きを宿したようなその瞳が。ああ、だから、なおさら気に入ったのか。

「マルコ、猫は猫だからな。ソフィアじゃねぇぞ」

「……わかってるよい」

 分かってるんならいいけど。似ているといっても、猫はあくまでも猫でしかない。マルコが探さなきゃならない本物の、おれの恩人ではないのだ。
 ソフィアには返しきれない恩が出来てしまった。だから、早くたっぷり礼をしてやりたいが、全てはマルコ次第だ。マルコがソフィアを見つけてやらなきゃ意味がない。

「そいつが噂の可愛い猫かい」

「なんだよい、お前までからかいに来たのかイゾウ」

「いや、そのつもりだったんだが……。案外やるじゃねぇかマルコ」

 なにが、と首を傾げるおれたちには構わず、イゾウは愉快そうに笑いながら、マルコ腕の中にいる猫を撫でる。マルコ以外の誰が触ろうとしても逃げていた猫は、どうしてかイゾウの手を拒否しなかった。

「……なんの話だよい」

「自覚ねぇのにちゃんと連れて帰ってきたんだ。それじゃ証明にならねぇのか?」

 まるで猫相手に真剣に語りかけるように、イゾウはそう言った。証明って、なんのだ。なぜかマルコに抱かれた猫が居心地悪そうに目を逸らす。たっ、とその腕から逃げ出して甲板に着地した猫は、イゾウに答えるように、にゃおん、と鳴いた。

「だから、なんの話なんだよい、イゾウ」

「お前ら揃いも揃って、見聞色が使えないわけじゃねぇだろ」

「……は?」

 見聞色がどうした、と首を傾げながら周囲の気配を探る。……ひとり、多くねぇか。女が。

「もう許してやったらどうだい、ソフィア?」

「……にゃおん」

 そこに居るのは猫なのに、気配はソフィアのそれだった。理解しきれなくて戸惑うおれたちをよそに、まるで人間のようにため息をついた猫が一瞬で姿を変える。

「……イゾウのいじわる」

「なんとでも言えよ。マルコに着いてきた時点で腹くくってたんだろ」

「そうだけど……」

 おれは背中を押してやっただけだ、と悪びれる様子のないイゾウに、ソフィアはため息をついた。確かに、そこに居るのはソフィアだ。さっきまで猫だったはずなのに。やっぱり魔女ってやつはなんでもありらしい。

「ソフィア……」

「なに、マルコ」

「抱きしめて、いいかよい」

 ようやく状況が飲み込めたのか、恐る恐る問いかけたマルコに、ソフィアは微笑んで、お好きにどうぞ、と受け入れるように腕を広げた。イゾウの言う通り、腹はくくっていたのか、逃げ出そうとはしなかった。

「……ソフィア、おれが悪かったよい」

「うん。もういいの。私もう、大丈夫だから」

「そう……、か、よい。もう大丈夫なのか」

「ええ。マルコが私のこと、愛してくれてるって、分かったから。……だから、わたし、マルコがいれば、大丈夫」

 そうか、と繰り返したマルコの声が震えている、あいつが泣いてるの久しぶりに見た。ソフィアが泣くのも。
 マルコは無意識でもちゃんとソフィアを見つけて連れて帰ってきた。それは、愛の成せる技ってやつなんだろう。だから、ソフィアも、もう逃げるのはやめにしたらしい。

「ただいま、マルコ」

「……おかえり、ソフィア」

 つられて泣いてしまいそうで、抱き合う二人を揶揄う言葉も出てこない。……なにはともあれ、ソフィアが帰ってきてくれて本当によかった。



動物もどき



prev / next

[ back to top ]