長編 | ナノ


  変身術


 ソフィアを見つけてやらなきゃならねぇから、と自分勝手なのは百も承知でオヤジと家族に頭を下げて、一時的に隊長の職務を降りさせてもらった。
 家出中、ほとんどその消息が掴めなかった女が相手だ。片手間ではきっと見つけられない。だから集中させてほしい、と頼めば、皆は好きなだけやれ、手伝えることは言ってくれ、と背中を押してくれた。後悔しているのはお前だけじゃないんだ、と。
 使える情報網は全て使って、ソフィアの行方を探している。少しでもその噂が耳に入れば、すぐに島を訪ねて、聞き込みをして、と必死に探してはいるが、結果は芳しくない。

「ああ、その人なら3日くらい前に来たよ。あれこれ珍しいものを欲しがってたから覚えてる」

 まさか海賊だったのかい、とソフィアの手配書を眺めながら、薬草店の店主が目を丸くしている。どんな島に行っても、ソフィアが必ず訪れるのはここだ。ある種の職業病だと本人が笑っていたのを覚えている。
 美しい女が熱のこもった眼差しで薬草を眺め、時には手に入りづらい貴重なものを欲しがる。そのせいか、どの島を訪ねても店の人間はソフィアのことを記憶していた。

「なんでもいいんだ。少しでも足取りが知りたい。どこに泊まってたか、どこに行こうとしてたか知らねぇか」

「さてねぇ。なにか言っていた気もするけど」

 思い出せないな、と白々しい態度の店主にため息が溢れる。商魂たくましいというかなんというか。
 少しでもソフィアに関する情報が手に入るなら惜しむつもりはない。カウンターに紙幣を何枚か置いて、もう一度なにか知らないか、と問えば、毎度、と笑った店主は宿屋の名前を教えてくれた。

ーーーーー

 ざわざわと賑やかな食堂に、ソフィアの姿はない。海賊船には似合わない上品で静かなあいつの食事の様子をもう随分と長い間見ていない。
 結局、今回も空振りだった。滞在していた宿屋は分かったが、すでにソフィアはそこを出た後だった。その後、どの島に向かったのかは分からない。また振り出しに戻ってしまった。あの島から出港した船の行き先は絞り込めるが、相手は容易に島から島へ渡る魔女だ。あまり当てにはならないだろう。
 何度も何度も、ソフィアの痕跡を掴んでは手からこぼれ落ちていく。その度になんとも言えない無力感が押し寄せて、心が折れそうになる。やるせない気持ちを吐き出すようにため息をつけば、隣に座ったエースに思い切り背中を叩かれた。

「なにしやがんだ、痛ぇだろ」

「飯食ってる時まで辛気くせぇ顔してんじゃねぇよ。作ったやつに失礼だろ」

「……悪い」

 作ったやつらに失礼だ、と怒られて素直に詫びる。リスのように頬を膨らませて、元気に食事をするエースのようにはいかないが、ため息をつきながら食べることもないだろう。おれの気分に関わらず、今日もうちの飯は美味い。

「ってか、マルコなんでそんなに落ち込んでんの?」

「こう何度も振り出しに戻されちゃ流石に落ち込むだろ」

 ふーん、と問いかけてきたくせにエースは興味なさそうに頷いた。お前だって、ソフィアに恩があるだろうが。帰ってこないことに少しは落ち込め。
 恨みがましく睨まれたのに気づいたのか、怒るなよ、とまた背中を叩かれた。痛ぇだろ。

「でも、ソフィア本気で逃げてねぇじゃん」

「……ここまで見つけられなくて、どこが本気じゃねぇんだよ」

「だって、手がかりとか、目撃情報出てくるから」

 確かに、以前、家出をしていた時よりもソフィアの足跡ははっきりしている。あの時だって必死に探してはいたが、どこにいるのか、無事でいるのかさえ分からず歯痒い日々を過ごしたのを覚えている。
 それでも、まだ見つからないのは、ソフィアが本気で逃げているからではないのか。

「ソフィアさ、監獄から抜け出す時、身代わりにって看守をおれに変身させたりしたんだよ。だから、やろうと思えば、自分の姿も変えられるはずだろ」

「相変わらず、なんでもありだなソフィア……」

「そりゃそうだろ、魔女なんだから。なのに目撃情報が出てくるってことは、本気で逃げてねぇんだよ。見つけて欲しいから」

 見つけて欲しいから、とその言葉に胸のもやがすっと晴れていくような気がした。なにを落ち込んでるんだおれは。
 ソフィアが本当は見つけて欲しいんだってことくらいわかってたはずだろう。意識的なのか無意識なのかは分からないが、いくつも残された痕跡と情報が証拠だ。エースの言う通り、ソフィアが全力で逃げてしまえば手がかりの一つも残らないはずだから。

「……悪い、エース」

「ん。まあ、手伝えることは言えよ。マルコが見つけてやらなきゃ意味ねぇけどさ」

 弟分に励まされるなんて、相当まいっていたらしい。ようやく自覚できた。ソフィアがいないだけで、こんなにも心が乱されてしまう。それだけ、あいつはおれにとって大切で特別な相手ってことだ。
 だから、何度振り出しに戻されたところで、諦めるわけにはいかない。愛している。おれは、それをソフィアに証明してやらなきゃならないから。


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