シレンシオ
エースを助けるために、と忙しない準備の最中、ばちん、と空中から大きな音が響く。直後に甲板に落ちてきたのは、インペルダウンに囚われているはずのエースと、家出して以来、音信不通のソフィアだった。
まるで放り出されるように空中に現れて、甲板に落ちたのを見た気がする。ソフィアの魔法だろうか。
「失敗した…。ちょっと上に座標ずれたみたい」
「… ソフィア、重いんだけど」
「軽いって言いなさい、デリカシーがない」
着地に失敗して倒れたエースを尻に敷いたまま、ソフィアが難しそうな顔をして唸っている。本人曰く、失敗らしい。本当は甲板の上に正確に移動するつもりだったんだろう。
そこで、ようやく、おれも含めて状況を把握した。エースとソフィアが帰ってきた。
「「「エース!!!」」」
わっ、と歓声があがって、その場の奴らがエースに駆け寄った。倒れたままのエースはたちまち揉みくちゃにされて、やめろバカ!と悲鳴を上げている。心配させやがってバカ!と言い返され、頭を撫でられ、抱きしめられるのを本気で嫌がっているわけではなさそうだから、放っておいてもいいだろう。
それよりも、おれにはやらなきゃならないことがある。話さなきゃいけないことが。
「…… ソフィア」
「……久しぶりね、マルコ」
巻き込まれるのを予感したのか、さっ、とエースの上から逃げたのを追いかけて、また消えてしまう前にその腕をつかんだ。けれど、逃げないから離して、と不愉快そうに振り払われる。やっぱり許してはもらえないだろう。分かっていたが、胸が苦しい。
だけど、おれよりもずっとソフィアの方が傷ついているはずだ。だから、おれに苦い顔でソフィアを責める権利なんてない。
「その……、ソフィア」
「黙って。何も聞きたくない」
「そういうわけにもいかねぇだろ。…話、させてくれねぇか」
「いや。黙って」
頑なに何も聞きたくない、を繰り返されて折れそうになる。それでもおれは、許してもらえないとしても、ソフィアに謝らなきゃならない。誠心誠意、あの時のことを詫びて、それから、どうするのかはソフィアが決めることだが、黙ることだけはできない。
「なぁ、ソフィア。おれが、」
「『シレンシオ』……黙って、って言った」
ひゅ、と杖を一振りされて、音が消える。声が出ない。自分では謝罪を口にしているはずなのに、音になって出てこない。
ソフィアは、戸惑うおれを詰るように、杖の先でぐりぐりと胸元を押してくる。何も聞きたくないの、と何度目かの台詞を吐き出された。
……声が出ないから、返事もできない。それなら、行動で示すしかないだろう。逃げようとするソフィアを抱きしめて、声にならない声で謝罪を紡ぐ。
「……馬鹿なんじゃないの」
おれが悪かった。お前のことを信じきれなかった。なによりもお前を優先してやれなかった。ごめん。許してくれなくてもいい。ただ、謝らせてほしい。お前を傷つけてしまったことを。その心に刻み込んでしまった傷が、少しでも塞がるように。
「……マルコが考えすぎて何も言えなかったことくらい、わかってるの。みんなも『魔女』が怖かっただけだって」
泣きそうなその声に、ますますソフィアを離せなくなった。分かってくれたとしても、傷ついたことに変わりはない。どんな理由があったとしても、おれは、おれだけは、ソフィアの味方でいてやらなきゃならなかった。
「でも、理解できるかってことと、受け入れられるかってことはまた別。だから、まだ帰れない」
許したいけど、怖いの、と身を捩っておれの腕から逃げ出したソフィアは、やっぱり泣き出しそうな顔をしていた。そんな顔をするくらいなら、許さなくてもいい。いっそ、ひどく罵ってくれてもいいのに。そうしないのは、ソフィアが優しいからだ。まだ、おれや家族を大切だと思ってくれているからだ。
「だから、証明して。私をどれだけ愛しているか」
杖をゆらゆらと揺らして、何か魔法を使いそうな素振りを見せながら、ソフィアはそう言った。この広い世界から私を見つけてね、と。
「使える手はなんでも使うくらい、必死になって私を探して。愛してるならできるでしょう?」
見つけてくれたら、きっと、あなたを信じられる。もう二度と、私を手放さないでいてくれるって、信じられるから。
ねぇ、お願いよ、とソフィアは泣き出しそうな顔をしたまま、杖を振った。
ばちん、とゴムが弾けるような音がして、次の瞬間には、ソフィアは姿を消していた。また魔法で移動したんだろう。まだ、おれのところには帰ってきてくれなかった。
「…… ソフィア」
戻ってきた声が、虚しくその名前を紡いだ。証明しなきゃならない。おれがどれほどソフィアを愛しているのかを。今度こそ、間違えるわけにはいかない。
どれほど時間がかかったとしても、苦労をしたとしても、見つけてやらなきゃならない。見つけて、抱きしめて、今度こそちゃんと謝って、愛してるんだ、と伝えなきゃならない。ソフィアが安心してこの船で過ごせるように。家族のところに帰って来られるように。
ーーーーー
「あなたが好きよ、マルコ。だから、きっと、私を見つけてね」
呟いた言葉は空気に溶けて、返答はない。ざあざあと波が寄せては返す音がする。
試すようなことをしている。恋人が自分を受け入れてくれるか測るような面倒な女になってしまった。
もしかしたら、マルコは私を嫌いになったかもしれない。だけど、面倒だ、と切り捨てられるならそれまでだ。それだけの薄い関係だったってこと。
だけど、本当に必死になって私を探してくれたなら、この先何があってもマルコを信じることができると思う。誰に何を言われたとしても、みんなに拒絶されたとしても、マルコだけは私の味方でいてくれるって信じられるから。
「……だから、きっと、見つけてね」
さあ、世界中を舞台にした追いかけっこを始めましょう。あなたの愛を私に見せてね。
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