長編 | ナノ


  通り過ぎた日々の話



・くっ付いた後の話
・3章1話より後

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「マルコ、そこの瓶とって」

「どれだよい。詳しく言え」

「2段目の青いラベル」

 いつも通り薬の匂いがする部屋で、ソフィアは難しい顔をして大鍋をかき混ぜている。薬学者なんて職業柄、つい研究に没頭してしまうらしい。
 暇ができたから部屋を訪ねたんだが、この調子だと構ってくれる気がしない。まあ、それで拗ねるほど子供じゃねぇけどよ。
 仕方がないので、相変わらず物が多い部屋を勝手に物色することにする。棚にずらりと並んだ薬瓶と箱入りの薬草、それから本。その多くがトランクから出てきたっていうんだから驚かされる。あの小さいトランクにどんだけ入ってたんだ。

「マルコ、見るのは構わないけど、たまに危ないもの混ざってるから気をつけてね」

「ああ、分かった」

 本に噛まれた、なんてエースが騒いでいたことがあるから、言われるまでもない。ずらりと並んだ本を眺めていると、ふと、使い込まれた一冊が目に付いた。背表紙にはDiaryの文字。どうやら日記らしい。

「ソフィア、日記があるんだが見てもいいかよい」

「日記? 面白くもないと思うけど。見たいならどうぞ」

 流石に勝手に見るのは悪い気がしたから、許可をとってからぺらぺらとページをめくる。厚さの割にページ数が多いのは魔法がかかってるからだろう。
 とりあえず最初のページに戻ってみれば、まだ少し拙い文字が並んでいた。


『今日から日記をつけることにした。今日はホグワーツに入学する日。お父様もお母様も見送りには来てくれなかったけれど、別にいつものことだから寂しくはない。
無事にスリザリンに組み分けされて少しホッとしている。ハッフルパフも向いているなんて、あの帽子は変なことを言っていた。
明日からすぐ授業が始まるらしい。家名に恥じないよう励めば、お父様とお母様に褒めてもらえるだろうか』


『授業が楽しい。新しいことを学ぶのは好きだし、ここには沢山の本がある。とても嬉しい。
中でも魔法薬学はとても興味深い分野だと思う。繊細かつ芸術的ですらある。スネイプ先生に質問に行くついでにその話をしたら、「分かっていただけてなによりだ」と言われた。先生、少し嬉しそうだった』


『人間関係が面倒。家名でお付き合いを決めるのはやっぱり少し苦手。もちろん素敵な子もいるけれど、家名なんかより実力の方が大切なのに。しかもスリザリンってだけで、他の寮の子とは友達になりづらい。
談話室にいても話しかけられて集中できないから図書館で勉強することにした。最近はいつもこう。
少し分からないところがあったから、スネイプ先生を訪ねたら、とても分かりやすく教えてくれた』


『変身術の授業が少し難しくなってきたから、しっかり予習をして取り組もうと思う。
魔法薬学でレポートの他に気になることがあったから、自分で研究をすることにした。スネイプ先生を訪ねたら、快く教室を貸してもらえたし、分からなくなったら聞きなさいと言われた。嬉しい』


 その後もページの所々に出てくる『スネイプ先生』の名前。そういえば前に恩師だと話していた。随分と目をかけてもらっていたらしい。
 小さなソフィアが誰かに大切にされていたことがどうしてか嬉しかった。あまり家族には愛されていなかったらしいから余計に。
 そこからまた適当にページを進めれば、今度は乱暴な文字で『あの赤毛!』なんて記されていた。


『あの赤毛!ウィーズリーの双子!! 本当に手に負えない。毎日毎日なにか仕掛けてくるからもううんざり! 今日は転ばされそうになったから、仕返しにずぶ濡れにしてやった。ザマァみろ』


『あの双子がやたらに絡んでくるせいで、フレッドとジョージの見分けがつくようになってしまった。なんなの。
今日もいたずらには容赦なく仕返し。悔しがってた。なんで防ぐのさ! なんで言われたけど、防ぐに決まってる。泥まみれになんてなりたくない』


『今日は自慢の赤毛を緑色にしてやった。そしたら、どうやったの!って目を輝かせて聞いてくるから驚いた。少し可愛いところもあるのかもしれないなんて思ったのが悔しい』


『今日は何をされるかと警戒していたら、僕らと友達になってよ!なんて言われた。珍しく真剣な顔をしていたから、騙されてあげるのもいいかもしれない』


『どうやら彼らは本当に私と友人になりたかったらしい。なんだか、とても嬉しい』


 『赤毛の双子』はソフィアの一番の友人のことだ。話に聞いていた以上に陽気な奴ららしい。
 ページをめくるたびに登場する名前が増えていく。目をかけていた後輩の『ドラコ』と『ハーマイオニー』。それから『ハリー』と『ロン』。
 あの頃は毎日が事件と騒動の連続だった、とソフィアが言っていた通り、学生生活とその後の数年間は波乱に満ちたものだったらしい。丸ごと二年ほど日付だけのページが続くのは、『闇の帝王』ってやつと戦っていたからだろう。本当に大変だった、とこぼしていたのを覚えている。
 そこからまたページを進めていくと、薬学者としての研究の日々が綴られている。時々、男の影がちらつくがもう終わったことだ。
 読み飛ばしながらもう少し進むと、ようやく最近のおれも知っている内容がでてきた。


『海が綺麗だった。この世界に来てしまって最初に抱いた感想はそれ。異世界に紛れ込む確率は限りなく低い。まさかそれが自分に訪れるとは思わなかった。とりあえず旅行中でよかったと思う。トランクがあれば大抵のことはなんとかなるから。
ひとまず出会った海賊に世話になることになった。海が広すぎるのも困りものだ』


『とても陽気な海賊相手に、可愛い演技で媚を売っておく。疲れるけど、不利な立場になるよりはずっといい。単純な人が多いから助かってる。こういう時、美人に生まれてよかったと思うから、顔だけは美しかったお母様に感謝したい』


『ナースの女の子たちと仲良くなってしまった。どうせ離れる場所だから深入りはしないようにしていたのに困る。あたたかい家族なんて、憧れ続けたものを見せつけられると胸が苦しい』


『明日には島に着くから、これで海賊ともさよならだ。とても楽しい人たちで、あたたかい人たちだったから少し残念。だけど、これでようやく気持ちが楽になる。家族なんて、望んだところで手に入るはずもないんだから』


『わたしにも、家族ができた。うれしい。』


 短いその一文はインクが滲んでいて読みづらい。きっと泣いたんだろう。ずっとずっと憧れていたものを手に入れたんだから無理もない。
 隠しに隠したソフィアの本音を見抜いたオヤジは流石だ。


『エースと勝負をした。苦戦したけど魔法が通用することが分かって少しホッとしている。だけど、肉弾戦に持ち込まれたらどう考えても不利だから、補えるように鍛えないとならない。
杖に頼るだけの愚かな魔法使いにはなりたくないから』


『オヤジ様のために薬を作ることになった。とても複雑な病だから、上手くいくかも分からない。それでも、諦めるつもりはない』


『材料が足りない!やっと理論が組みあがったっていうのにつまづいてしまった。ダイアゴン横丁に行けばすぐにでも手に入るものさえ、この世界では集まらない。そもそも、存在しているかもわからないから困った』


『オヤジ様が元気になってくれた。みんなは私のおかげだなんて言うけど、材料を集めてくれたみんなの力がなかったら、こんなに上手くは行っていなかったと思う。家族がいるって本当に素敵なこと。
昨晩はそのまま宴になって酔いつぶれてしまった。しかも、マルコが部屋まで運んでくれたみたい。とても恥ずかしい』


『どうしてか最近、マルコとよく目が合う。一緒にいる時間が長いからなのかと思ったけど多分違う。離れたところにいるのにふとした瞬間、視線が重なって優しく笑ってくれる。その笑顔は嫌いじゃないけど、なんだか胸の奥を焦がされるような不思議な感じ』


 よく目があったのは、おれがソフィアを見てたから。好きな女を目で追ってしまうのは仕方ねぇことだと思うし、わざとやってる。
 また少しページを進めれば、何度も書き損じて諦めたような、インクのあとだけのページを見つけた。まともに書いてあるのは日付だけ。
 覚えのある日付だ。おれにとっても忘れることの出来ない日の。


『昨日は結局、気持ちが整理しきれなくて何も書けなかった。胸があつくて、幸せで、今も少し泣きそう。こんなのはじめて。守護霊は嘘をつかないらしい。
もしかしたら、運命だったのかもしれない。この世界に来てしまったことも、最初に白ひげ海賊団に出会ったことも。夢見がちな少女はとっくに卒業してるけど、マルコに出会うためにこっちに来たんだ、なんて考えはとても素敵だと思えた。
ああ、やっぱり胸があつい』


 めくった先、次の日のページに記された、珍しく詩的な言葉からソフィアの高揚が伝わってくる。…すげぇ可愛い。最近、よく思うんだがソフィアはとても可愛い。まあ、半分くらいは恋人の贔屓目だろうが。

「やっぱりソフィアは可愛いよい」

「突然なに? あ、ちょっと待って。どこ読んだの!」

「最近のページに決まってんだろい」

 流石にそこまで読まれるとは思っていなかったらしい。嘘でしょ恥ずかしい、なんてソフィアは両手で赤くなった顔を覆った。そういうところが可愛いんだってことは多分わかってないんだろう。

通り過ぎた日々の話


 今日もおれの恋人は可愛い


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