君は可愛い人
朝起きたらベッドの上だった。当たり前のことだとは思う。だけど、ベッドに入った記憶がない。加えて、どういうわけか抱きしめているシャツにも覚えがない。
「…あたま、いたい」
しかも吐きそう。久しぶりの二日酔いが辛くて考え事どころじゃない。
どうにか起き上がって、棚の瓶をあさる。奥の方にしまってあった小瓶を引っ張り出して、中身を飲み込めば、すっと痛みが引いて、随分と楽になった。二日酔いの薬、作っといて良かった。
「これ、マルコのシャツ…、よね?」
寝ている間ずっと抱きしめていたのだろう、妙なシワがついてしまったシャツは、マルコが昨日着ていたものだ。
飲みすぎて身体が火照ってしょうがなかったから、風にあたりに行って…、そこで記憶が途切れてる。すごく眠かった覚えがあるから、多分甲板で眠ってしまったんだろう。ってことは、ここまで運んでくれたのはマルコなの?
「っ、ローブと杖!」
ベッドサイドのテーブルに置かれたローブと、ホルダーごと外された杖。自分で脱いだ記憶も外した記憶もないから、マルコが寝苦しくないようにと取り払ってくれたんだろう。胸元のリボンもほどかれているし、ボタンだって二つ外れている。
どうしよう、すごく恥ずかしい。顔が暑くて仕方がない。つまり、とても無防備な姿を晒してしまったってことだ。はしたない。
「…でも、お礼は言わないと」
それから、酔った自分が妙なことをしていないか確かめなきゃ。マルコのシャツを抱きしめている時点で妙なことをしでかしているけど、それはカウントしないことにする。
ーーーーー
魔法をフル活用してシャツを洗って乾かして綺麗に畳む。それを抱えて食堂に行けば、みんな二日酔いで倒れているのか、いつもより静かだった。
「マルコ」
「よう、ソフィア。今日は起きてこねぇかと思ったよい」
「二日酔いの薬なら、いいのを持ってるの」
からかうように笑われたから、軽く肩をすくめて答える。確かに昨日は飲み過ぎたから、起きてすぐは辛かった。
マルコは酒に強いからか、いつも通り平然としている。ちょっと悔しい。
「昨日、ベッドまで運んでくれたんでしょう? ありがとう」
「ああ、別に構わねぇよい。勝手して悪かったな」
いろいろと、と胸元のリボンを指差されて少し恥ずかしくなる。きっとマルコに他意はなくて、ただの気遣いの結果なんだろうけど。
「あと、これも返そうと思って。ちゃんと洗ったからご心配なく」
「へえ、相変わらず魔法ってのは便利なもんだ」
「でも、なんでシャツを抱えてたのか覚えてないの。もしかして、私なにかした?」
そう、それが重要。酔った勢いで何かとんでもないことをしていないとも限らない。どうなの? と問えばマルコは、別に何もといつも通りの声で答えてくれた。
よかった。妙なことはしていなかったらしい。
「ただ、寝ぼけておれのシャツ放さなかっただけだよい。だから、脱いで置いてった」
「えっ、」
「まあ、可愛かったよい」
くくっ、とこぼされた低い笑い声に、顔に熱が集まる。なにそれ、物凄く恥ずかしいことをしてる。
「ソフィアは意外と可愛いよい」
「それは、どうもありがとう。お褒めに預かり光栄よ」
繰り返された可愛いというセリフ。それに平然とありがとう、なんて言えた自分を褒めてやりたい。
君は可愛い人
顔が赤いのは、知らないふりをして
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