長編 | ナノ


  君が好き


 ソフィアのおかげでオヤジが元気になってくれた。まだ安定したわけじゃない、と船医は言うがきっと大丈夫だとも言っていた。こんなに嬉しいことはねぇ。
 いつも以上に賑やかな宴は、笑ったり泣いたりで大騒ぎだ。

「…ちょっと、かぜにあたってくるわね」

「大丈夫か、ソフィア」

「ええ。少し、のみすぎたみたい」

 そんな中で、勧められるままに飲んでいたせいか、ソフィアはいつもより早く酔ったらしい。頬は赤く染まっているし、瞳はわずかに潤んでいる。回らない呂律が少し心配だが、比較的静かな船尾を目指す足取りはしっかりしているから大丈夫だろう。

「ソフィアがあんなに酔うなんて珍しいな」

「飲ませすぎなんだよい。お前のせいだ」

「だって嬉しかったんだもんよ」

 しょうがねぇって、とサッチは笑いながらグラスを傾ける。確かに、功労者であるソフィアに飲ませたくなる気持ちはよくわかる。本当に感謝してるんだ。まあ、だからって限度があるが。

「魔女ってのは、皆ソフィアみたいにすげぇのかな」

「なんだよい、突然」

「いや、だってソフィアって、何でもできるからよ」

 …確かに、あいつはなんでも完璧にこなす。頭はきれるし、戦闘センスも悪くない。知識量だって豊富だ。だけど、それは魔女だからってわけじゃないだろう。
 俺はあいつが人一倍努力しているのを知っている。近距離戦が苦手だからと鍛えてるし、新しい知識は貪欲に吸収。書類仕事だってコツコツ頑張ってくれてるし、何より薬を作るために並々ならぬ努力をしていた。それは、魔女だからってわけじゃないだろう。

「ソフィアが特別なんだろ。あいつ、頑張ってるしな」

「だよなぁ。やっぱりソフィアはすげぇ」

「まぁ、なんでもできるってわけでもなさそうだけどよい」

 そうか? とサッチは首を傾げるが、ソフィアは何でも出来るわけじゃない。頑張ってるのは事実だが、そのせいで寝食を忘れることがあるし、時々こっちの常識が頭から抜け落ちてる。感情の高ぶりを抑えられないところもあるから、一度テンションが上がると中々おさまらない。たぶん、怒らせたら面倒なことになるだろう。

「…それにしても、ソフィア戻ってこねぇな」

「あー……。ちょっと様子見てくるよい」

 頼んだ、と軽く手を振るサッチに見送られて、賑やかなクルーたちの間を抜けて船尾を目指す。てっきり、欄干に寄りかかって海でも眺めていると思ったが、その姿はない。

「ソフィア?」

 あたりを見回しながら、奥へと進めば、ソフィアは積まれた木箱の影に座り込んでいた。具合でも悪いのか、と心配になったが、見るとただ寝ているだけらしい。そっと肩を叩いてみても、目をさます様子はない。
 多分、ここ最近オヤジの体調を気にしてまともに寝てなかったんだろう。そこにかなりの量を飲んだのだから無理もない。

「ったく、しょうがねぇな」

 このままここで寝かせておくわけにもいかないだろう。そっと抱き上げれば、ソフィアは、んん、と小さく声をこぼしたが起きる気配はない。
 穏やかな寝顔はいつもより幼く、どこか幸せそうだった。


ーーーーー


 送り狼になるなよ、なんてからかわれながら甲板を後にして、ソフィアの部屋に向かう。甲板が賑やかな分、船内はいつになく静かだ。寝息が肌に触れてくすぐったい。

「よっ、と」

 主が寝ているから許可なく立ち入った部屋は、相変わらず物が多くて薬の匂いがする。
 力の抜けた体をベッドに横たえれば、ソフィアはほんの少し身じろいだ。その足から、靴を抜き取って足元に放る。
 とりあえず、ベッドまで運んでやったのだからこれで十分な気もするが、このままだと寝苦しいだろう。起こさないように慎重にローブを脱がせて、適当に畳んだそれをサイドテーブルに置く。さて、あとをどうするかだ。

「…悪りぃ」

 聞こえているはずもない謝罪を口にして、襟元のリボンを解く。それから、シャツのボタンを二つ外すと、はだけたそこから白い肌が覗いた。
 杖も回収しといてやらないといけないだろう。別にやましいことをするわけじゃないが、躊躇うのは仕方ない。なにせ、ソフィアの杖は太もものホルダーに収納されてるんだから。
 そっとスカートをたくし上げて、ホルダーを探る。留め具を外して、ホルダーごと杖を回収。…後で怒られなきゃいいが。
 束ねた髪をほどいて、顔にかかった分をはらう。俺にしてやれるのはこれくらいだろう。

「んっ…。まる、こ?」

 静かにベッドから離れようとすると、名前を呼ばれた。寝ぼけているのか、緋色の瞳は焦点を結んでいない。ぱたり、と動いた指先にシャツの裾を掴まれる。まるで甘えるようなその仕草に、胸の奥がきゅっと音を立てたような気がした。

「起こしちまったか。寝とけよい」

「…うん」

 頭を撫でてやれば、ソフィアはすぐに目を閉じた。眠気には勝てなかったらしい。それでも、シャツの裾を掴んだ指はそのままだ。ほどこうと思えば簡単だが、どうしてかそうする気にはなれない。 それはきっと、ソフィアを大切に思っているからだ。
 …つまりは惚れてるってことだ。もう認める。家族のなかでも特別ソフィアを気にかける理由なんて、それしかない。

「…ソフィア」

 寝ているソフィアが呼びかけに答えるはずもないが、それでいい。こうして穏やかな寝顔を見られるなら悪くないのだから。

君が好き


 寝言で紡がれる自分の名前に、また胸の奥がきゅっと音を立てた。



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