君の気持ちが分からない
オヤジ様が元気になって、船上での日々は少しだけ変わった。賑やかになった、といえばいいのだろうか。
鍛錬に参加するオヤジなんて久しぶりだ、なんて吹っ飛ばされた癖にみんな笑ってる。それは、とても良いことだ。オヤジ様も楽しそうにグラグラ笑って薙刀を振り回してる。何人か海に落ちたけど、それでも楽しそうだった。
勿論、オヤジ様が積極的に参加するようになったのは鍛錬だけじゃない。戦闘もだ。
始めて目にしたその戦いぶりには心底驚いた。だって、なにあれ。天変地異? 世界最強の名前は伊達じゃなかった。どんな魔法を駆使しても勝てる気がしない。純粋な武力というのは本当に恐ろしいものだ。
「祝杯だー!!」
「うぉー! オヤジ最高ー!!」
また賑やかな甲板では今日も宴が開かれている。オヤジ様が戦闘に出た記念らしい。たぶん、ただ飲みたいだけなんだろうけど。ほんと、みんな宴が好きなんだから。
「ソフィア、今日は飲みすぎんなよい」
「わかってる。あんな醜態、もう二度と晒さない」
「おれは構わねぇけどな」
またからかわれて、ジョッキを傾けるその腕を叩いてみたけど、マルコはただ楽しそうに笑うだけ。もうしないって言ってるのに。
だいたい、あれが特別だっただけで、元々そんなに弱くはない。みんなが勧めてくるから、つい飲み過ぎただけ。
「そういや、送り狼になるなってサッチが言ったのに、マルコってばシャツ替えて戻ってくるから、びっくりしたよなぁ」
「しかも、どうしたって聞いても『ちょっとな』ってそれだけだぜ? 結局、何があったんだよ」
前の宴での話をしたいたからか、エースとサッチがそういえば、とマルコのことを教えてくれた。ちょっと待って、なにそれ。わざとやってるでしょ、何してるのマルコ。
「別に何もなかったから、気にしないで」
「いや、じゃあマルコのシャツは?」
「ソフィアが握って離さなかったんだよい。可愛いもんだろ」
だから、可愛いって言わないで欲しい。恥ずかしいから。それに、そのうち誰かに私といい仲だって、妙な勘違いされるかもしれない。マルコはその辺を分かっているのだろうか。
「そんなことばっかり言って、誰かに勘違いされても知らないからね」
「別に平気だよい」
機嫌良さそうに告げられた言葉がどういう意味を持っているのか判断がつかない。困った。
勘違いされるほどの台詞じゃないってことだろうか。それとも、そういう仲だと思われても構わないってこと?
もし、後者なら、と考えて止める。何だかとても顔があつい。誤魔化すようにグラスを傾ければ、アルコールが喉を焼いて思わず噎せた。置きっぱなしだったグラスに知らない間に注がれていたそれは、かなりの度数だったらしい。
「ちょっと、エース!」
「おれじゃねぇよ! サッチ!」
「サッチ!!」
「だってソフィア全然気づかねぇんだもん!」
ゲラゲラ腹を抱えて笑っている酔っ払いに杖を抜く。イタズラにはイタズラを。赤毛の双子のおかげで仕返しのレパートリーには事欠かない。
頭冷やせば、と思い切り水をかけてやれば周囲から賑やかな笑い声が上がった。髪が崩れた、なんて文句を言われても自業自得だと思う。
「ソフィア、もっとなんかやってくれよ!」
「遊びじゃないの。嫌よ」
じゃあこうだ! なんて悪ノリした誰かが上から酒瓶の中身をこぼそうとしてくる。やめて。本当にやめて、馬鹿じゃないの。周りも煽るばかりで止めようとしないし、馬鹿ばっかりなの。
「なんなの、もう!!」
杖を振ってそいつの口に瓶の口を突っ込んでやる。こぼすなんてもったいない。周りで煽ってる奴らにも変身術の応用で可愛い猫耳を生やしてやったり、勝手に髪型をリボン付きツインテールにしてやった。強面には全然似合わないザマァみろ。
君の気持ちが分からない
結局、そのまま大騒ぎに発展して、うやむやになったから、マルコの真意は分からないまま。どうしよう。
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