長編 | ナノ


  君が起こした奇跡


「…これで、よし!」

 朝から続けた調合の結果、無事に完成した薬品を大きめの瓶に入れて蓋をする。そうしてようやく詰めていた息を吐き出すことができた。

「やっと、できた…!」

 みんなに手伝ってもらったおかげで薬草もすぐに集まったから、思っていた以上に早く完成させることができた。あとは、これをオヤジ様に飲んでもらうだけだ。
 大鍋に空き瓶、刻みかけの薬草に羊皮紙とか。片付けなきゃならないものが沢山あるけれど、そんなもの後でいい。今はとにかく早く船医にこのことを報告したかった。私はあくまでも薬学者だから、薬を処方するか決めるのは医者の仕事。オヤジ様の体調さえ良ければすぐにでも飲んで欲しいけど。

「ソフィア? やけに機嫌がいいじゃねぇかよい」

 どうした? と廊下でばったり出くわしたマルコに問われて、自分が満面の笑みを浮かべていたことに気がついた。でも、仕方ない。だって嬉しいんだもの。

「やっと出来たの! 魔法薬!」

 目の前に瓶を突きつけてやれば、マルコは驚いたように眠たげな目を見開いた。本当か、と続いた言葉に頷く。随分と待たせてしまったけど、ようやく完成したのだ。

「服用のタイミングとか、船医と相談しなきゃだけど、きっと上手くいく。期待して待ってて」

「ああ。期待してるよい」

 小瓶を揺らして笑えば、マルコもつられたように目を細めてくれる。その嬉しそうな顔に胸の奥がきゅっと熱くなった。

ーーーーー

 幸いなことにオヤジ様の体調は比較的良かったから、すぐに服用してもらうことになった。効果がはっきりするまでにだいたい3日。その間は禁酒だと伝えれば、オヤジ様は不満げに舌打ちをこぼした。けれど、それから可愛い娘の頼みだからな、と笑ってくれてほっとした。
 日に3度、食事の後に3日分。理論上はこれで問題ない、はずだ。だけど、結果がはっきりするまでが本当に不安で、正直あまりよく眠れなかった。誰かに言ったら怒られるのが目に見えているから黙っているけど。
 でもそれも今日で終わり。船医がついさっき検診を終えたところだ。皆結果が気になるのか、食堂に集まってその報告を待っていた。

「…それで、どうだったんだよい」

「数値は全部正常値に戻ってる。…まあ、お前らに分かるように言うなら、治ったってことだ」

 本当か! と歓声をあげたのは誰が最初かは分からない。静まりかえっていた空間が一気に騒がしくなった。
 船医からカルテを受け取って結果を確認する。数値は全て正常。副作用もなし。このまま安定するかは分からないから、安心するには早いけど、ひとまずいい結果が出たらしい。

「ソフィア! お前、本当にスゲェな!」

「ありがとよ!」

「ソフィア最高!!」

 泣きそうな顔をした男共に背中を叩かれて正直痛い。ちょっと! と文句を言おうとしたのに、乱暴に頭を撫でられて言葉にできなかった。
 嬉しいのは分かるけど、海賊の腕力でもみくちゃにされるこっちの気持ちも考えて欲しい。でも、不思議と嫌な感じはしなくて思わず声をあげて笑ってしまった。だって、嬉しいのは私も同じだから。

ーーーーー

「まったく、この俺に禁酒なんぞさせやがって」

「でも、調子は良くなったでしょう?」

 まあな、とオヤジ様は豪快に笑う。その体に繋がっていたチューブは全て外されていた。元気そうなその姿に強面の男たちは泣くほど喜んでいる。ちょっとうるさいけど仕方ないんだろう。みんなオヤジ様が大好きなんだから。
 めでたい事に宴は付き物で、すっかり酔っ払いが増えた甲板はとても賑やかだった。

「礼をしなきゃならねぇな、ソフィア」

「礼なんていらない。家族のために当然のことをしたまでよ」

 いつかと同じセリフに、今度は迷うことなく答えられる。大事な家族に元気でいて欲しいと思うのは当然だろう。ましてや、それが父親なら尚のこと。
 軽く肩を竦めて見せれば、オヤジ様が頭を撫でてくれた。その大きな手はとてもあたたかくて、それだけで頑張った甲斐がある。

「それに、オヤジ様が元気でいてくれて、みんなが笑ってるんだから、これ以上欲しいものなんてないの」

「グララララ! 言うようになったじゃねぇか!」

 良い事だ、と笑って、オヤジ様は手にした酒を飲み干した。いくら良くなったとはいえ、飲み過ぎは体に悪いからやめて欲しいんだけど、今日は何も言わないことにする。いつもは怒るナース達も、今日だけは笑ってその姿を眺めていた。

「ソフィアこっちこいよ!いい酒開けたから!」

「ワインなら行くけど?」

「じゃあ、ワインも開ける!」

 わいわい、と賑やかな集まりに呼ばれてワインを要求すれば、すっかり酔っ払っている男たちは何のためらいもなく瓶の栓を抜いた。あれ、高いから特別な時にってしまっておいたやつだと思うんだけど。でも、今日以上に特別な日なんてないのか。

「私、向こうに行ってくるわね、オヤジ様」

「ああ。楽しめよ、ソフィア」

「ええ、勿論」

 オヤジ様に軽く手を振って、賑やかな中に飛び込んでグラスを受け取る。ワイングラスなんて上品なものじゃなくて、使い込まれた樽型のジョッキだけど、そんなの気にならない。だってここは海賊船だ。私の、家族の船だ。
 気分がいいからなのか、溢れる勢いで注がれたワインは、どんなパーティで飲むものより美味しかった。

君が起こした奇跡


 オヤジ様の笑い声が響く宴はとても楽しくて幸せ


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