赤毛(ウィーズリーではない)
・2章の真ん中あたりの時間軸
ーーーーー
「…めんどくさいわね」
はぁ、とあからさまにため息をつけば、目の前の男たちは顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。
島について、買い出しに出たところを絡まれた。めんどくさい。やっぱり誰かを誘うべきだったらしい。マルコあたりなら付き合ってくれただろうし。
「…ほんと、小物」
「なんだと!」
そういうところが小物なのだけれど。進んで痛い目をみる馬鹿ではないからそっと杖を抜く。
どうしてやろうか、なんて考えたところで鈍い音が響いた。
「女相手にみっともねぇぜ」
やめとけよ、と絡んできたやつらを蹴り飛ばしたのは赤毛の男。纏う雰囲気はどう見ても一般人ではない。
それでも、お優しい悪人らしい彼は、怒った男たちを次々に倒していった。
「大丈夫か、姉ちゃん」
「ええ、どうもありがとう」
怪我がねぇならよかった、と笑った赤毛の男に軽く頭を下げる。顔を上げてみれば、彼の後ろで倒された男が剣を取るのが見えた。赤毛の彼が気づいた様子はない。
自分でどうにかできたとはいえ、助けてもらったのだから、見過ごせるわけがなかった。
「『ステューピファイ』」
杖から放たれた赤い閃光が剣を握った相手を弾き飛ばす。中々の大男が吹き飛ぶのはちょっとスッキリする光景だ。
「油断大敵ってね?」
杖を構えたまま小首を傾げてそう言えば、赤毛の男は驚いたように目を見開いていた。
ーーーーー
「なぁ、さっきの何なんだよ」
「だから、答える気はないと言ってるじゃないの」
スタスタと早足で歩くが、赤毛の男は遅れることなく着いてくる。失敗した。無闇に魔法を使うべきじゃなかった。
敵を吹き飛ばした赤い閃光は、男の興味を引いてしまったらしい。さっきからずっとこの調子だ。いい加減にして欲しい。
「教えてくれたっていいじゃねぇか」
「しつこい!」
やっぱり誰かを誘うべきだった。あまりにもしつこい男にため息しか出ない。人の話を聞かないところは、エースに似ている。
どうにかしてまかないと。船まで着いてこられても困る。わざと人気のない道を選んで進み、周囲に無関係の人間がいなくなったタイミングで杖を抜いた。
「『インペディメンタ』」
「おっと!」
「『ペトリフィカス・トタルス』!」
あっぶね! と驚いたような顔をしながらも、男はひょいひょいと放たれる閃光を躱す。合間に無言呪文も使っているのにどういうことなの。
「『ステューピファイ』!」
「だから、あぶねぇって!」
続けざまに放った呪文は全て躱された。悔しいけれど、勝てる相手ではないらしい。
「なんなの、貴方」
「ん? 俺はシャンクス。海賊だぜ」
へらり、と笑った顔はどう見ても強そうには見えない。それでも、彼には勝てそうになかった。本当に悔しい。
「…分かった、話すからもう着いてこないでくれる?」
「教えてくれんのか!」
船にまで来られても困るから、渋々提案すれば、シャンクスというらしい彼は、やった! と子供みたいに喜んで見せた。なんでこんな奴に勝てないの。本当に悔しい。
ーーーーー
せっかくだから、落ち着いた場所で話したいなんてシャンクスが言うので、とても可愛らしい雰囲気のカフェを選んでやった。嫌がらせ以外のなにものでもない。元々、そんなに乗り気じゃなかったのだから、それくらいは許されるだろう。
「それで? なにを聞きたいっていうの」
「とりあえず、姉ちゃんの名前からだな」
「…ソフィア・ルーカス。ソフィアが名前」
偽名を使ってもよかったのだけれど、咄嗟に考えるのも面倒だからやめた。戸籍なんてないから、別に名前を知られたからって、困るわけじゃないし。
「そうか、さっきも言ったけど、俺はシャンクスだ」
「そう。あと聞きたいのは私の戦い方のこと?」
好奇心に満ちた目で頷くシャンクスに少しため息をこぼして杖をとる。こんな可愛らしいカフェに他の海賊や海軍がいるわけもないけれど、念のためだ。盗み聞きされてはたまらない。
「『マフリアート』」
んん? と首をかしげたシャンクスに、盗み聞き防止に、と答えておく。周りに影響を与えるだけだから、特に変化はない。
「私、魔女なの」
「魔女?」
「または魔法使い。さっきのは全部魔法」
別に信じなくてもいいけど、と肩を竦めれば、シャンクスは疑うどころかその目を子供みたいに輝かせて身を乗り出してきた。すげぇ! なんて、歓声をあげる姿は子供より純粋なのかもしれない。
「じゃあお前、空飛べるのか!」
「ええ。ご期待通り、箒に乗ってね」
「あとは何ができるんだ?」
はじめて会った時のみんなと同じ事を言う。海賊というのは誰でも未知のものに強烈な興味を抱くらしい。
思わず笑ってしまいながら、少しだけ出来ることを明かす。当然、全てを教えるつもりはない。
「物を浮かせたり、呼び寄せたり。あとは変身させたりもできるけど?」
「すげぇな! 見たい!」
シャンクスはまた子供のような顔をして、いいだろ? とねだってくる。どうしてか断ることができなくて困った。
仕方がないので周りの目がこちらに向いていないのを確認してから、呪文を一つ。簡単な変身術でテーブルに置かれたスプーンが、銀色の蛇へと姿を変えた。小さな舌をちろちろと覗かせる蛇に、シャンクスが驚いたように目を見開いた。
「これで満足?」
ふふ、と笑って杖を振る。途端蛇は動かなくなって、スプーンに戻った。すげぇ、と何度目かのセリフをこぼしたシャンクスに、また笑ってしまった。
「なぁソフィア、俺の仲間になる気はねぇか? お前すっげぇ面白いからクルーに欲しい」
「ごめんなさい、赤毛は無理なの」
「なんだそりゃ。赤毛に恨みでもあんのかよ」
「あるわよ、ものすごく」
赤毛は無理だ、と即答すれば、シャンクスは訝しげな顔をした。けれど、仕方ないと思う。身近にいた赤毛の双子は相当やんちゃで、ありとあらゆることをやらかしていたのだから。それに恨みがないわけがない。最終的には友人として良い関係を築いていたけれど、それまでの過程に問題がありすぎた。
赤毛の男と生活を共にするなんて、あの頃の双子を思い出してストレスが溜まるに決まっている。だから、赤毛は無理だ。絶対に。
「そうか、恨みがあるなら仕方ねぇ」
「そこは簡単に諦めるのね」
元々、そこまで本気ではなかったのだろう。今度は簡単に諦めてくれてほっとした。またしつこく絡まれてはたまらない。
「ま、でも気が向いたらいつでも来いよ。歓迎する」
「たぶん、そんな日は来ないと思うけど」
赤毛への恨みは軽いものではない。軽く肩を竦めてみれば、シャンクスはそうか! となぜか楽しそうに笑った。
赤毛(ウィーズリーではない)
船に帰ってから、シャンクスの話をしたらみんなに「そりゃ赤髪じゃねぇか!」と驚かれた。シャンクスはオヤジ様と同じ四皇だったらしい。 道理で強いわけだ。
prev /
next