魔女たちの愛
・IF頂上戦争
・救済あり
・魔法や魔法薬に関する捏造あり
・マルコとはくっついた後の話
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「なんで見捨ててくれなかったんだよォ!!」
今にも泣き出しそうなエースの声を、それに答えるオヤジ様の声を聞きながら杖を抜く。家族を守るためなら、どこまでだってやってやる。できるはずだ、私になら。
「『プロテゴ・トタラム』『プロテゴ・ホリビリス 』『サルビオ・ヘクシア』」
すっ、と杖の先からこぼれた光がヴェールのように船とその上の家族を包み込んでいく。本来なら複数人で行うはずの守護呪文を一人で行う負担はよく分かっている。それでも、杖を手放すわけにはいかない。
「っ…… 」
光が広がるほどに、倦怠感が押し寄せる。まるで長距離を走ったように体が重い。強力で広範囲な魔法はそれだけ体力を削り取るのだから、仕方ない。…鍛えてたつもりなんだけどな。
ひゅっ、と最後に音をたてて杖の先から光が滑り出す。これで守護呪文は万全のはずだ。少しづつ作っておいた、ウィーズリーの双子と開発した「盾の帽子」を応用したブレスレットも、傘下を含めたクルー全員分仕上げて身に付けてもらっている。だから、きっと大丈夫。やっと手に入れた大切な家族だ。失うわけにはいかない。
「ソフィア、大丈夫かよい」
「…っ、はっ…。大丈夫、よ」
くらり、と貧血にでもなったみたいに倒れかけた体を支えてくれたマルコは、とても心配そうな顔をしていた。申し訳ないとは思うけど、まだやるべきことが残ってる。
遠く処刑台の上に、悲痛な表情を浮かべたエースが見える。あの子を守ってあげなくちゃいけない。
重たい腕を持ち上げて、杖をまっすぐエースに向ける。気力を振り絞って呪文を唱えれば、杖から放たれた白い光が守るようにエースを包み込んだ。なんだ、と海軍の奴らが騒ぐ声が聞こえるけれど、答えを教えてやるつもりなんて毛頭ない。
「…行って、マルコ。私なら、大丈夫」
「……無理はするなよい」
「あなたの、ほうこそ、ね」
にっ、とどうにか唇の端を吊り上げて見せれば、マルコは頷いて青い翼をひろげた。
あちこちで雄叫びが上がる。戦争が、始まった。
ーーーーー
家族たちが倒れていく。守護呪文で致命傷は避けられたはずだから、気を失っているだけだろう。盾のブレスレットは意識を失ってなお身を守る。だから大丈夫。船だって一隻も沈んではいない。私の魔法は完璧だから。
そんな最中、唐突なエースの弟の登場で、戦闘はますます激しくなっていく。
「『エクスペリアームス』!」
杖から放たれた赤い閃光が、海兵の手にした剣を弾き飛ばして引き寄せる。それを繰り返すうちに、気づけば傍に武器の山。自分の剣が駄目になったのか、もらうぜソフィア! と時々、家族がそれを減らしていく。
少し調子が出てきたけれど、まだまだ倦怠感は抜けない。目眩も少しある。それでも、援護くらいならできるから、船の上から握りしめた杖を振る。
「『ステューピファイ』!」
それを繰り返しているうちに、後方で爆発。人間兵器だなんて、政府は物騒なものをもっているらしい。だけど、それに押し負けるほど柔な呪文は施していない。相変わらず、こちらの船は見えない盾に守られて、一隻も沈んではいなかった。
「……スクアード?」
不意に船の上に現れたスクアードに首を傾げる。前を見れば彼の部下たちは海兵相手に勇ましく武器をふるっていた。なら、どうしてここに?
なんだか様子がおかしい。一瞬、交わったその目の奥に、憎しみが見えた。それは一体、誰へ向けたものなのか。判断がつかないまま、呼び止めようにも、砲撃に邪魔される。
「『ドレンソリビオ』! ねぇ、スクアード!」
呼びかけに答えはない。オヤジ様と何かを話していた彼が、戦場を見据えて剣を抜く。けれど、それが向かう先は、敵の海兵ではなく、背後に立ったオヤジ様の胸元。
ガッ、と音をたてて剣が見えない盾に突き立てられた。
「『エクスペリアームス』!」
咄嗟に盾に阻まれた大剣を弾き飛ばせば、武器を失ったスクアードをマルコが甲板に押さえつけた。
俺たちは罠にかけられたんだ、と彼が叫ぶ。…なるほど、海軍にも策士がいたものだ。一番動揺する男を揺さぶりにきた。反吐が出る。
「仲良くやんな。エースだけが特別じゃねぇ、みんなおれの家族だぜ…」
オヤジ様が語りかける声を聞きながら、杖を振って箒を呼び寄せる。ひゅっ、と勢いよく手元に収まった相棒は、いつも通りの戦闘態勢だった。
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。ローブのポケットから小瓶を取り出して中身を飲み込めば、体の奥底がじわりと熱を帯びた。
「行けるかい、ソフィア」
「ええ、勿論」
スクアードを諭したマルコの問いかけに、不敵な笑みを返す。目眩と倦怠感はおさまった。後から副作用で数倍の疲れが襲うだろうけれど、もう後先考えない。
早くこの戦争を終わらせないと家族が傷ついてしまう。魔法で守ることができるのは体だけで、その優しい心を守ることは出来ないのだから。
「『ボンバータ・マキシマ』!」
不死鳥に姿を変えたマルコと並んで空中に飛んで杖を振る。もう手加減なんてしない。
ーーーーー
ルフィの手で処刑台から解放されて、戦場を駆け抜ける。オヤジが撤退の号令をかけるのが聞こえた。
だけど、同時に耳に入るのは侮辱の言葉。俺を救ってくれた大切な人を貶めるようなそれに、ぶつり、と何かが切れた。
「取り消せよ…!!」
だけど、炎とマグマじゃ差は明らかだ。それでも、もう止まれない。殴られて吹っ飛ばされて、身を起こせば、赤犬の拳はルフィに向いていた。
咄嗟にその間に体を割り込ませる。つらぬかれる、そう思った。だけど、突然マグマの熱がふっと消えた。
代わりに体を包むのは、陽だまりのようなあたたかさ。何が起きてるのか分からないままに振り返れば、柔らかい光が視界を覆った。
「なんじゃあ、こいつは」
白く輝く半透明に透ける女が、俺を守るように腕を広げ、赤犬の拳を止めていた。緩くウェーブした髪が揺れる。その顔は見えないけど、どうしてか笑っている気がした。
「…ソフィア?」
きっとあいつの仕業だ。あの時、体を包み込んだ白い光と同じ、穏やかな熱がじわりと手足にまで広がる。泣きたくなるような、そんな不思議なあたたかさだ。
「…魔女の仕業か」
赤犬も同じ考えに至ったらしい、その視線がソフィアを探して俺から離れる。瞬間、女が振り向いた。
「っ…!」
ふわり、とそばかすの目立つ綺麗な顔に優しげな笑みを浮かべた女は、空気に溶けるように姿を消した。やっぱり、なんだか泣きたくなってぐっとこらえる。
エース! と弟が俺の腕を引く。勝てない相手に挑むほどの怒りはどこかに行ってしまった。赤犬の注意が逸れているうちに逃げた方がいい。ルフィと二人、踵を返す。
「火拳に構うな!魔女を狙え!」
やつは何かをするつもりだ、と元帥が叫ぶのが聞こえる。走る先に見えたソフィアは、何かを唱えながらゆらゆらと杖を振っていた。まずい、あれじゃ、防御ができない。
「流星火山!」
「やらせるかよい!」
ソフィアを守るように翼を広げたマルコが、その身でマグマを受け止めて青い炎を散らす。ソフィアの緋色の瞳が見開かれた。
「…大丈夫だ、続けろよい」
そう言って、マルコは炎を散らす翼でソフィアを包み込むと、その背中で襲う攻撃を全て受け止める。
少しだけ眉を下げたソフィアは、それでも聞き取れない言葉で何かを唱え続けた。
「『ーーー』」
ひゅっ、と勢いよく杖が振られる。同時に、見えないなにかに体をを引っ張られた。視界がぐにゃりと歪む。細い管に無理やり引き込まれ、通り抜けるような感覚に襲われた次の瞬間、目の前から戦っていたはずの相手が消えた。
…いや、違う。俺たちが移動したんだ。目の前に広がる景色は戦場とは似ても似つかない、穏やかな砂浜だった。
ぐるりと周りを見回せば、戸惑っている家族と、ルフィが連れてきた囚人たち。オーズの巨体も砂浜に転がっているし、息があるのも分かる。海の方を見れば、大きな損傷もない見慣れた船が並んでいた。
一体、なにがどうなったのか全く分からない。
「ソフィア!」
マルコが叫ぶ声に顔をあげれば、倒れこんだソフィアを抱きとめて、焦ったような顔をしていた。慌ててそこに駆け寄れば、ソフィアは荒い息をついて、ぐったりとマルコの胸に体を預けた。
「…だい…じょうぶ。つかれた、だけ」
ちょっと、ねむらせて、と目を閉じたソフィアはすぐに意識を失った。
ーーーーー
「…あのさ、ソフィア。今、いいか?」
「いいけど、どうしたのエース」
あの時、過労が原因でぶっ倒れたソフィアは丸一日眠り続けて、その後もしばらくは自室のベッドで生活している。安静にしてろ、とマルコから魔法の禁止令も出されていた。
ソフィアのおかげで家族はみんな無事だった。流石に怪我はしてたけど、生きてるんならそれでいい。
全部ソフィアが倒れるまで頑張ってくれたからだ。だから、ソフィアの部屋にはいつも誰かが見舞いに来てる。だけど、みんなに頼み込んで二人にしてもらった。どうしても、聞きたいことがあったから。
「取り敢えず、座ったらどう?」
立話もなんだから、とソフィアに促されて、ベッドの横にある椅子に座る。本当はここマルコの特等席なんだけど、今はいないからいいや。
「その…、聞きてぇこと、あってさ」
「聞きたいこと? いいけど」
「……赤犬に、やられそうになったとき、…女が、見えたんだ」
俺を守るみたいに腕ひろげてた、とあの時のことを思い出しながら語れば、穏やかなあたたかさまで思い出して、また少しだけ泣きたくなった。ほんと、なんなんだこれ。あの女は誰なんだ。
「なんか、泣きたくなって困るんだ。あれ、なんなんだよ」
お前がやったんだろ? と問えば、正確には私じゃないの、とソフィアは肩を竦めた。どういうことか分からなくて説明をねだれば、少し考える素振りを見せたソフィアが口をひらく。
「あれはこの世で最も強く尊い守護呪文。分かりやすく言えば、母親の愛よ」
「……母親の愛?」
「そう。『愛の魔法』というの。命を投げ出してまで、子供を守った人の思いの結晶」
命を投げ出して、というソフィアの言葉に思い当たることがあった。俺を産んですぐに亡くなった大恩あるおふくろ。顔も覚えていないその人が、俺を守ってくれたのか。
「エースのお母様は魔法使いじゃないから不完全だったんだけど、強化しておいたの。上手くいってよかった」
「……じゃあ、あの時見えたのって、おふくろ?」
「きっと、そう。あなたは愛されてたのよ、エース」
そう言って。ソフィアはふわりと笑った。まるで慈しむようなそれに、胸の奥がじわりと熱を帯びる。そういえば、あの時おふくろも似たような笑顔を浮かべていた。
…ああ、俺は愛されてたのか。だから、泣きたくなったんだ。嬉しかったから。
そう自覚したら、もう止められない。涙が溢れて視界が滲んだ。
「あら、泣き虫さん」
いい子、と相変わらず綺麗に笑ったままのソフィアが頭撫でてくれた。
俺は、家族にもちゃんと愛されてる。ようやくそれが理解できた。だから、泣きやんだらちゃんとみんなに言うんだ。「愛してくれて、ありがとう」って。
だけど、次から次へと溢れる涙はしばらくおさまりそうになかった。
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