碧色の涙
「手当て終わったんなら来てくれ。オヤジが会いたがってんだよい」
そう言ったマルコに連れられて、大きな扉をくぐれば、相変わらず大きい船長が迎えてくれた。グラグラ笑うその人の隣には、あの時のナース達。どうやら、怪我も少なく無事らしい。
「娘たちが世話になったなぁ、ソフィア」
ナース達の頭を撫でながら、私にそう言う船長は父親の顔をしていた。娘を想う優しい眼差し。それは、私には向けられることのなかったものだ。
「何か、礼をしなきゃなんねぇな」
「…滞在のお礼のようなものですから、気にしないでください」
「そういう訳にもいかねぇさ。欲しいもんがあるならくれてやる。言ってみな」
欲しいものなんて、これで私が船長の首を要求したらどうするつもりなんだろう。また、お前に利益はないだろって言われるんだろうけど。
欲しいもの。元々物欲なんてあまりない。薬学に関するものなら無尽蔵だけど、この世界じゃ叶いそうもないし、正直困った。
「何でもいいぜ、金貨でも宝石でも、古書の類いでも、酒でも食物でも。…家族でも」
「…!」
思いがけない言葉に船長を見れば、全てを見透かすような目がこちらを向いていた。ダンブルドアと同じ目だ。偉大な人の、優しい目。
ダメだ。言葉の裏を疑え。家族が、無条件の愛情が、簡単に手に入るはずがない。
そのはずなのに、なんで。
「なぁ、ソフィア。俺はお前が気に入ったんだ。裏も表もねぇよ」
頭を撫でるその手があまりにも優しいから。胸の奥からこみ上げるものが、抑えきれなくなる。
何をしてもその上を要求され、ただの一度だって褒めてもらえなかった。世話だってメイド任せで、抱きしめてもらったことすらなかった。
だから、頭を撫でられる赤毛のあの子が、名付け親に笑顔を向けられる眼鏡のあの子が、たくさん愛されて育った栗毛のあの子が、無条件に認められるプラチナブロンドのあの子が、本当はずっと羨ましかった。
この人はその憧れを叶えてくれるのか。本当に。
「…私、…家族が、欲しい」
「そうか。なら、俺の娘になればいい。そうすりゃ、皆が家族だ」
細められた目が、ナースに向けるのと同じ優しい色を含んで見つめてくる。気付けば涙が溢れて、視界がぼやけた。泣くなんて、何年ぶりだろう。どうしても止まらない。
「…あい、してっ…くれ、ますか」
「当りめぇだ、娘を愛さねぇ親がどこにいる」
さも当然のように返ってきた答えが、更に涙を溢れさせるから困る。抱き上げられて、抱きしめられて。声を殺すことすらできなくなって。結局、『父親』のひざで無様に泣きじゃくる羽目になってしまった。
碧色の涙
溢れて止まらないそれは、きっと嬉しいから
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