鉄色の仮面
エースだけじゃなく色んな人に魔法をねだられ、面倒になってきたので、疲れてしまったからと適当な言い訳を一つ。それだけで、残念そうにしつつも諦める彼らは単純だと思う。
その後、酒が進んで盛り上がるそこから離れるのは簡単だった。私はあまり飲んでいないから、酔っていないし。
欄干にもたれて、小さく息をつく。お嬢さまの仮面を纏って良い子のふりをするのも楽じゃない。実家のパーティーと同じくらい疲れる。
「お一人かい? 魔法使い」
「エース達はどうしたんだよい」
「…少し酔ってしまったので、抜けさせていただきました」
そうかい、とマルコとイゾウは私を挟むようにして、欄干に背を預けた。
イゾウは相変わらず、椿の花を髪にさしたままだ。案外、気に入ったのかもしれない。
「なぁ、ソフィア。お前さん、口調も態度も最初の時とえらい違いじゃねぇか」
「…お世話になるのですから、礼を尽くすのは当然でしょう?」
まあ、打算こみの行動だけれど。警戒されるのは構わないが、敵意は避けたい。だから、無害で可愛らしい女を演じるのだ。上品で世間知らずな令嬢を。
「俺は前の方が好きだがねい…」
「いっそ、ぶっ放せば戻るか?」
すっと自然な動作で銃を抜くイゾウ。綺麗な顔に似合わず、物騒な男だ。
何時でも防げるように杖を抜けば、冗談だよとけらけら笑う。その笑みには毒気を抜く効果でもあるのか、怒る気が失せてしまった。
「まあ、その馬鹿丁寧な話し方やめて欲しいのは本当だけどな」
「貴族の娘としては当然の話し方ですわ」
「…魔法使いにも貴族がいるのかい?」
も、ということは、こちらにも貴族と呼ばれる人間はいるらしい。ただ、マルコの顔を見る限り、あまりいい印象はないようだけど。
驕る能無しはどこの世界にもいるらしい。
「ええ。古くから続く血筋を誇る、純血貴族が。血筋しか取り柄のない能無しとも言えますけど」
「随分な言い草じゃねぇかよい。お前もそうだろうに」
「血筋しか見ない、結婚さえそれで決まるような一族を好きになる方が難しくありません?」
苦労してんだなソフィア、と苦笑を浮かべた二人に同じく苦笑を返す。血筋しか見ないなら、血統書付きの犬と何も変わらない。むしろ権力を持っている分面倒だ。無理やり結婚させられそうになった回数なんて数えたくもない。
「だから、こっちに来られて少しだけ嬉しいんです。この世界では、私の血筋なんて意味のないものでしょう?」
「確かにねい。俺たちにとってはお前はただのソフィアだよい」
「だから尚更、そんな堅苦しい喋り方するんじゃねぇよ。だいたい、海賊に身分なんざ関係あるかっての」
…こだわるな。たかが話し方一つだろうに。いや、こだわっているのは私の方かもしれない。だけど、何を言われても仮面を外すつもりはない。
「それでも、礼儀ですから。私の気分の問題です」
「…ま、強制はしねぇよ」
何処か優しさを含んだ声に、わずかに戸惑いながら、それを表には出さずにありがとうと微笑んでおく。
笑顔は人間関係を円滑に進める術だから、もう慣れたもの。だけど、何故かマルコとイゾウは少しだけ渋い顔をした気がする。まあ、私には関係ないけれど。
鉄色の仮面
冷たい仮面を外して、仲良くなるつもりはないのです
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