橙色の純真
歓迎するぜ魔法使い。船長のその言葉で始まった宴は、とんでもなく賑やかだった。ホグワーツも賑やかだったが、その比ではない。
「魔法使いってすげェのな!」
「……私は貴方に驚いていますけれど」
こてんと首を傾げた黒髪の青年(確かエースと言っていた)は、先程から物凄い勢いで目の前の料理を平らげていく。どこに入るんだ、その量。
「よく食べるのですね」
「別に普通だぜ?」
それは、この世界の普通なのか、彼にとっての普通なのか。周りを見る限り彼にとっての普通なんだろう。本当にどこに入るんだ。
見ているだけでお腹がいっぱいになりそうで、自分の分に手をつけずにいたら、不意にエースの頭が傾いた。ガシャンと音を立てて、目の前の料理に顔を突っ込んで倒れる。
え、突然どうしたの? 何が起きたの?
「びっくりしたろ、ソフィアちゃん。でも寝てるだけだから」
「…寝ているのですか、これ」
サッチと名乗ったリーゼントの男は、寝てんのよーと笑いながらエースの背中を叩く。ぐぅ…なんていびきが聞こえるから、本当に寝ているらしい。
「不思議な人…」
「はっ! 寝てた!」
寝るのが唐突なら、起きるのも唐突。けれど、起き上がったエースの顔はソースや油で酷いものだった。
「あらあら、凄い顔ですよ。ちょっとじっとしててくださいな」
太もものホルダーに挿しておいた杖を抜いて、先をエースの顔に近付ける。特に警戒する様子もない。
…彼はスリザリンには向いていない。
「『テルジオ』…これで、よし。もう動いていいですよ」
「おお、綺麗になってる」
「マジか、すっげえ! ありがとな、ソフィア!」
効果音をつけるなら、にしし。そんな笑顔を向けられて、少し戸惑ってしまう。なあ、他には何が出来んの? と無邪気な瞳がこちらを向いた。
「何ができるかと言われても、少し困ります。魔法は沢山のことができますから」
「何でもいいから見せてくれよ。ソフィアの魔法おもしれぇんだもん」
「そうですか? …何がいいかしら」
杖先を顎にあてて考える。
とりあえず、攻撃系の呪文を見せるつもりはない。手の内を知られれば、不利になるのは目に見えているのだから。今は敵対していなくても、今後どうなるかは分からない。その時のために。
「じゃあ、浮遊呪文でもお見せしましょうか。エースさん、帽子貸していただけます?」
「おう、いいぜ」
快く渡されたオレンジ色のテンガロンハットを目の前に置く。エースとサッチ、それから他の人々も興味を持ったのか視線が集中した。
「『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』」
杖の振り方はビューン、ヒョイ。一年生が始めて習う簡単な呪文を唱えれば、オレンジ色がふわりと浮き上がって、エースの頭に収まった。
「すっげえ! 帽子浮いた!」
「浮遊呪文ですから」
純粋な驚きがおかしくて笑みをこぼせば、他に何が出来んの? と周囲の人から声が上がる。本当に子供みたいな人達だ。警戒心はないのだろうか。ちょっと心配になる。
「他ですか? うーん…『アクシオ』エースさんの帽子」
軽く杖を振って、オレンジ色を呼び寄せる。ひゅっと勢い良く飛んでくる様は、どこか持ち主に似ていた。
手元に落ちたそれを自分の頭に乗せて、いたずらっぽく微笑んで見せる。
親しみやすい可愛い女。そういう風に振舞えば、少なくとも嫌われたりいきなり敵対したりすることはないだろう。だから、出来るだけ笑顔を作る。笑顔は社交術の基本だ。
「似合うじゃねぇの、ソフィアちゃん」
サッチに帽子の上からぽん、と頭を撫でられたので、そうですか? と笑みを深める。可愛く見えるように計算して、小首を傾げれば完璧。似合うわけない、鈍色とオレンジなんてあまり綺麗な組み合わせとはいえないもの。そんな本音は飲み込でおく。
狡猾であれ、それが美徳。それがスリザリンだ。
「なあなあ、今の何だ?」
「呼び寄せ呪文、 望んだものを手元に引き寄せる呪文です」
帽子をかえして説明すれば、キラキラした黒い瞳と目が合った。その持ち主が吐き出したのは、すっげェな! という、大分聞き飽きてきたセリフ。
それだけ、彼は好奇心が強くて純粋なんだろう。私とは違って。まあ、好奇心が強いところは似ているか。
「もっと見せてくれよ!」
「うーん、どうしましょうか」
何が見たいんです? なんて微笑んで聞けば、そうだなー、と真剣に考えはじめる。ほら、純粋。子供みたい。
橙色の純真
少しだけ可愛く見えてきたから困る
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