長編 | ナノ


  黄色の料理人


 きゅ、と襟元のリボンを結んで、着替えを終える。慣れない場所では何が起こるか分からないから、今日は動きやすいパンツスタイルだ。
 残念ながら与えられた部屋にはドレッサーなどないので、トランクから出した鏡で代用することにする。

「『エンゴージオ』」

 杖を振って大きくした鏡をサイドテーブルに立てて、化粧を済ませたら化粧崩れを防ぐため、自分の顔に杖を向けて幾つか呪文を唱える。こういう時、魔法は本当に便利だと思う。マグルのように化粧直しは必要ないから。
 化粧が済んだら、広がった髪を梳かしてうなじで束ねる。お気に入りの黒いリボンを結んだところで、ノックが響いた。

「ソフィア、起きてるかよい」

「ええ、起きています」

 返事を返せば、マルコが顔をのぞかせる。きちんとノックをするあたり、海賊のくせに真面目だと思う。まあ、ノックもなしにドアを開けて、着替え中だったらどうするつもりだって話だから、当たり前かもしれない。
 おはようございますマルコさん、と挨拶をして、何か用ですかと首をかしげる。

「朝飯の時間だからな。食堂まで案内するよい」

「そうですか、ありがとうございます。鏡、片付けるので少し待っていてください」

 流石に大きくしたまま放置するわけにはいかないだろう。万が一割れたりしたら面倒だし。

「『レデュシオ』『パック』」

 二つ呪文を唱えれば、元の大きさに戻った鏡は勝手にトランクに収納される。これでよし。お待たせしました、とマルコを見れば少し驚いたような顔をしていて、なんだかおかしかった。

「魔法ってのは 便利なもんだねい」

「あら、そうでもないんですよ?」

 そういうもんかい? と言いながら歩き出したマルコを追いかけ、ええ、と頷いておく。魔法は決して万能ではない。まあ、戦闘においてはかなり万能だけれど。

「魔法で食べ物を生み出すことは出来ません。調理は可能ですけどね。それから、死んだものを生き返らせることも出来ません」

「へぇ…。万能ってわけでもないんだねい」

 あとは、杖がなければ魔法が使えないこと。これは、言うつもりない。曖昧にしておけば、それは私に優位に働くのだから。

「ここが食堂な」

「…随分と賑やかですね」

「これでも静かな方だよい」

 これで静かとか、冗談にしか聞こえない。


ーーーーー


 昨晩の宴の時点で感じていたけれど、ここの料理はとても美味しい。どちらかといえば偏食な私が、しっかりと食べることができるくらいには。
ただ、突き刺さる視線がいただけない。よそ者が珍しいんだろう。まあ、ホグワーツでも目立つ方だったから、慣れてはいるけど。

「綺麗に食べるんだな、ソフィアちゃん」

「そうですか? 別に普通に食べているだけですけれど」

「野郎どもとは比べ物にならないくらい、お上品だよ。それに、うまそうに食ってくれるから、料理人としては嬉しい限り」

「だって本当に美味しいんですもの」

そう言って微笑んでやれば、サッチは照れくさそうに頬をかいた。自分の作ったものを素直に褒められて嬉しいんだろう。特に料理人や職人なんていうこだわりの強いタイプは、正面からの褒め言葉に弱いから。

「照れたのかよいサッチ」

「そりゃ、こんな美人に褒められて悪い気はしねぇよ」

「あら、美人だなんて、口がお上手」

くすくす笑って茶化しておく。必要以上に仲良くなるつもりはないが、警戒する相手ではないと思わせるにはこれくらいやっておけば十分だろう。
まあ、料理が美味しのは本当なんだけど。


色の料理人


 黄色のスカーフがよく似合う料理人は、意外と褒め言葉に弱い



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