赤犬さんとまりんちゃん!
・モブ海兵さん視点
ーーーーー
「みなさん、訓練お疲れ様です!」
にっこり、と元気いっぱいな笑顔を浮かべて手を振るのは、今日も可愛い海軍アイドルのまりんちゃん。今日は海軍本部内を周って、海兵を労うのが仕事らしい。まさか、ここにまできてくれるとは思わなかったけど。
「サカズキさん、ちよっとお邪魔してもいいですか?」
「構わん。休憩時間中じゃ」
赤犬大将が直々に行う訓練の最中だからか、休憩中でも漂う緊張感が一気に緩んだ。アイドルすごい。
まりんちゃん、握手してください! と勇気ある誰かの言葉をきっかけに小さな握手会が始まった。まりんちゃんは今日も大人気だ。
「わぁ! まりん大人気ですね♡うれしいなぁ」
訓練後で汚れた手を制服で拭いて、握手を求めれば、まりんちゃんは笑顔で答えてくれた。頑張ってくださいね、と労いの言葉まで貰って疲れが吹き飛んだ。
「おれ、ずっとファンで! これからも応援してる!」
「ありがとうございます♡まりんのこと、末長くよろしくお願いしますね」
最後の1人と握手を交わして、みなさんありがとうございます♡とまりんちゃんが頭をさげる。ツインテールが可愛らしく揺れた。
ファンへの感謝を忘れない。そんなところもとても素敵だ。
「それじゃあ、みなさん。引き続き訓練頑張ってくださいね! サカズキさん、お邪魔しました」
最後に大将に向かって頭を下げて、まりんちゃんはおれたちに手を振って歩き出す。けれど、足場が悪いせいか、その足がもつれた。きゃあ、と悲鳴が上がる。
「あー…。まりんったら、ドジでした」
転んでしまったまりんちゃんがえへへ、と恥ずかしそうに笑って頬を掻く。よいしょ、と普通に立ち上がってみせたから、怪我はないらしい。よかった。
ぱたぱた、と衣装についた土埃をはらって、まりんちゃんは今度こそそれじゃあ、と訓練場を後にした。
「……もうしばらく休んどれ。少し外す」
「は、はい!!」
何故か休憩時間の延長を指示されて、少し戸惑う。何事においても厳しい大将にしては珍しいことだ。
慌ててとった敬礼の姿勢のまま、足早に歩いていく大将を視線で追う。…まりんちゃんを呼び止めて、なにか話しているようだ。
「なぁ、あれまりんちゃん大丈夫なのか」
「大丈夫だろ。…多分」
隣で心配しているらしい同僚に、自信のない言葉しか返せない。流石にアイドル相手に怒ったりはしないだろうけど、赤犬大将は怖いから。
そう思っていたら、どういうわけか大将がまりんちゃんを抱き上げた。…抱き上げた?
「…おれは夢でも見てるんだろうか」
「いや、たぶん夢じゃない。大将がまりんちゃん抱き上げてる」
大将はまりんちゃんを抱き上げたまま、どこかへ行ってしまった。ちょっと理解が追いつかない。だけど、分かることは一つだ。
「…もしかして、大将ってまりんちゃんに甘い?」
思わずこぼしたつぶやきに、同僚たちは同意を返してくれた。
後で聞きた話だけど、まりんちゃんは転んだ時に足を挫いていたらしい。そんな素振りは全くなかったのに驚いた。どんな時でも笑顔を崩さないから、アイドルってすごい。
ーーーーー
「ソフィア」
「はい、なんですか?」
不意に低い声に名前を呼ばれて足を止める。振り返れば、いつも通り怖い顔をしたサカズキさん。…もしかしてちょっと怒ってる?
「足、挫いたじゃろう」
「えーっと、その…、大丈夫です。本当です」
「大丈夫かどうかは医者がが決めることじゃ」
アイドルとしてファンに心配をかけるわけにはいかないから、笑顔も崩さなかったし、痛いのを我慢して普通に歩いていたはずだ。だけど、やっぱりサカズキさんにはお見通しだったらしい。
「分かりました。このままお医者さまのところに行ってきますね」
「その足で歩かせられるか。大人しくしとれ」
否定も遠慮も返す暇なく、片腕で抱き上げられて、慌ててサカズキさんの太い首に手をまわす。
「すみません。お仕事中なのに…」
「構わん」
素っ気ない返事だけど、私に気を使わせないようにしてくれてるんだろう。本当にサカズキさんは優しくていい人だ。
なんだか嬉しくて、ありがとうございます、とお礼を言えば、サカズキさんはん、と少しだけ機嫌良さそうに頷いてくれた。
赤犬さんとまりんちゃん!
大将赤犬は海軍アイドルがお気に入り。海軍本部ではそんな噂が流れたらしい。
prev / next