続いたの | ナノ


  空と海の出会う場所


 たぶん、お前に用があるんだと思うんだ、となぜか気まずそうなエースに来客を告げられて甲板に出る。何故だかとても騒がしい。戦闘とはまた違った騒がしさだ。おれに用があるという来客のせいなんだろう。それにしても、一体誰なんだ。何もかも捨てた俺には今更訪ねてくる人なんていないはずなのに。
 少し困惑したように言葉を交わす仲間たちの間を抜けて、ようやく来客の姿が目に入った。美しい水色の髪が日に照らされてキラキラと光って見える。その姿に、とっさに言葉が出てこなかった。

「やっぱり、ここにいたのね!お兄さま!!」

「…、ビビ!?」

 ようやく発した声は驚き過ぎて妙に裏返った。こんなところに居たらいけないはずの、可愛い妹がそこに居た。
 ちょっと待ってくれ、王女様が正面きって海賊船に乗り込んで来てるってどういうことなんだ。相変わらず行動力に満ち溢れてるなおれの妹。だいたい、どうやって来たんだ。周りに船は見えないし、護衛も付けずに来たのか、信じられない。

「おまえ、なんで、こんなところに…、それにどうやって」

「お兄様に会うために決まってるじゃない。あまり目立つことはできないから、ペルに乗せて来てもらったの」

「…ちょっと待ってくれ、理解が追いつかない。だってペルは、」

 死んだ、とそう聞いたし、その最後を俺に伝えたのはビビ自身じゃないか。だけど、ペルはビビの後ろで申し訳ありません、と困ったような顔をしていた。生きていてくれたらしい。…少しだけ泣きそうだ。

「なんで生きてたのに謝るんだ、ペルの阿呆」

「随分と心労をおかけしたようなので。申し訳ありません、フィン様」

「…いい。生きていたなら、それで構わない」

 良かった。本当に。…、いや、そうじゃない今はその話じゃない。なんでビビがここにいる。だって、おれを探す理由なんて欠片もないはずなのに。
 いっそ目眩がして来た。頭を抱えるおれが心配だったのか、マルコが人混みを抜けて隣に来てくれた。

「フィン、どういう状況なんだよい」

「あー…、妹がおれに会いに来た?」

「…海賊船に正面きって乗り込んでくるなんて、随分お転婆な妹だねい」

 本当にな。お転婆通り越して心配になってきた。大丈夫なのか第一王女。一時期海賊やってたくらいだから、その行動力は折り紙つきなんだけど。ビビならこれくらい平気でやるなんて、ずっと昔から知ってたんだけど。
 …だけど、今更、おれを探していたなんて。どうしてだろう。

「…それでお前、どうしておれに会いにきたんだ」

「どうしてって! あんな手紙一つでお別れなんて納得できるわけないでしょ!!」

 おれがあまり上手く手紙を書けなかったから、じゃないな、きっと。紙切れ一枚で国も王座も責任もビビに押し付けてしまったのが納得いかないんだろう。怒るのも無理はない。おれが悪いから、これは受け止めなきゃならない怒りだ。ビビにはおれを詰る権利がある。

「お前になにもかも押し付けて逃げ出したんだ。今更、言い訳もしないよ。好きなだけ怒ってくれ」

 これはおれとビビ、アラバスタの問題だ。だから口を出さないでくれ、とマルコに視線を向ければ分かってくれたのか、軽く頷いてくれた。おれの隣を離れようとしないのは心配してくれているからだろう。
 いくらでも恨み言を聞こう、と腹をくくってビビを促したのに帰ってきたのは涙交じりの声だった。

「そんなことで怒ってないわよ!! お兄さまのばかぁ!! 」

 感情のままにビビが拳を振り上げたから、思わず一歩下がって避けてしまった。これは胸のあたりを殴りつけて、そのまま抱きついてくるやつだ。それはいけない。

「なんで避けるの!!」

「ごめんな、ビビ。怒ってもいいけど、おれに触るのはダメだ」

 一歩踏み込まれて一歩下がる。だってビビは綺麗で、だから、おれは妹に触れない。触りたくない。
 おれに触れたくらいでビビが穢れるなんてセンチメンタルなことは思っていないけれど、それでも、なんだか嫌で、おれにはその資格がないような気がして距離を取る。
 けれどビビは、そんなこと御構い無しにおれを追いかけて距離を詰めてきた。

「ちょっと!お兄さま!!どうして逃げるの!!」

「だから、ダメだって言ってるじゃないか! ペル! 見てないでビビを止めてくれ! 王子命令!!」

「っ、はい!」

 王子命令、なんて国にいた頃から滅多に使わなかったワードにペルが咄嗟に従って、間に割り込んでくれた。だけど、それで簡単に止まってくれるビビじゃなかった。

「お兄さま自分で王子やめたんでしょ! ペル! そこどいて、お兄様を捕まえて!! 王女命令!!」

「あー…、これは、困りましたね」

 どうしたら、とおれたち兄妹に挟まれてペルが困っている。そして、真面目なやつだから、自分なりに結論を出したのだろう、申し訳ありませんフィン様、とその手がこちらに伸ばされた。
 けれど逆におれの体は後ろに引っ張られて、たたらを踏む。とん、と背中が逞しい胸板にぶつかって、見上げれば、マルコが少し不機嫌そうな顔をしていた。

「そこで止まっとけよい。これ以上はフィンが泣く」

「いや、泣かない…、たぶん」

 おれを心配して割り込んでくれたんだろう。なんだか少し嬉しい。
 一旦落ち着けお嬢さん、とマルコに促されて、ビビはようやく止まってくれた。でもその大きな瞳からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。…可愛い妹を泣かせてしまった罪悪感で胸が痛い。でも、だって、おれは、

「なんで…、なんで、ひとりでぜんぶ背負いこんで、勝手に悩んで、勝手にいなくなったの。…なんでなにも言ってくれなかったの」

 お兄さまのばか、あほ、と数少ない罵倒の語彙を引っ張り出してビビがおれを詰る。…それで怒ってたのか。おれが一人で悩んで結論を出してしまったから。
 別に、一人で何もかもを背負わなくても良かったらしい。そういえば、前にマルコにも同じようなことを言われた。

「フィン、追い返せっていうんならそうしてやるが、どうする?」

「…ありがとうマルコ。でも、大丈夫だ。もう腹をくくった」

 こんなに優しい可愛い妹が泣いているのだ。おれの感傷なんて捨ててしまおう。起きたことは変わらないから、おれはもう純粋なものにはなれないけど、それでも、ビビを抱きしめてやることくらいできるはずだ。
 躊躇いを振り切って、泣きじゃくるビビを抱きしめる。いい子だから泣かないでくれ、とあやすよう背中を叩いたやれば、ビビはおれの胸に顔を埋めた。

「もっとたよって欲しかった。辛いなら、そう言ってくれればよかったのに」

「…うん、そうだな。ごめんビビ」

「…私やお父様がどれだけ心配したか分かる?」

 結局、おれは自分のことしか見えていなかったってことだ。おれが何もかもを捨ててしまえばそれで終わり、なんて。そんな考えは都合が良すぎた。おれのことを心配してくれる人のことを何も考えなかったなんて、本当に阿呆だと思う。

「ごめん。本当にごめんな、ビビ」

 ビビは、お兄さまのばか、とまたおれを詰る。けれど、もう怒ってはいないようで、少しだけ安心した。


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